2001年サイバドールの旅 5/10
シャトルが発射してから衛星軌道に乗るまでの時間は、ほんの十数分だったでしょう、
もしかしたら和也がかすみ荘から自分の大学に着くまでの通学時間と対して変わりない時間かもしれませんでした、
しかしその時間はとてつもなく長く辛く感じられました。
生まれての初めての経験に体がもとの調子に戻るのには、少し時間がかかりました。
「ああ、ひどい揺れだった」和也はやっと目を開けることが出来、首が自由に動かせるのを確かめます。
関節のあちこちが痛み、床に押し当たっていたところには、うっすらとあざが出来ていました。
「急に静かになったな・・・、ケイさん!サラさん!レナちゃん!みんな大丈夫ですか?」
和也は、自分よりみんなの方を心配します。
「大丈夫よ!」
「へいき〜」
「わしもじゃー」
和也は、周りのみんなを確かめるため腕を伸ばして体を起こそうとしました、
すると、その勢いで体はそのまま床から離れて、ふわりとデッキの反対側の窓の方へと流されていきます。
「おっと!」和也は一瞬何が起こったのかわかりませんでしたが、すぐにこれは重力が無いせいだと気がつき、
何とか体を反転させて、迫ってきた窓に体がぶつかりそうになるのを、腕で支えることが出来ました。
顔の真正面にいきなり広がった窓の外の景色に和也は息をのみます。
「すごい・・・本当に見られるなんて・・・」
和也は窓の外に見える景色にため息をつきます。
窓から見える視界の右半分には青く輝く巨大な地球の姿、そして残りの半分は漆黒の闇・・・
映画や漫画の世界でしか想像できなかった宇宙・・・
その本当の姿が今、和也の眼前にありました。
「綺麗だ・・・地球って・・・これ以上綺麗な物ってないかもしれない・・・」
圧倒されるような大きさと美しさ、その姿に一瞬和也は自分が今どういう状況にあるのか、
忘れそうになりました。
「和也!イカリヤがー!」レナの叫ぶ声にはっと我に返った和也、振り返りレナの指さす方を見ると、
デッキの真ん中をイカリヤがたよりなくふわふわと浮かんでいます、まったく動いている様子がありません。
天井を蹴ってゆっくりと和也はイカリヤに近づいていき両手でキャッチすると、掴んだイカリヤを表裏から確かめてみました。
「イカリヤ、返事してくれ!」
和也の問いにイカリヤは何の反応もしませんでした。
今の打ち上げのショックで故障してしまったようです、
リセットボタンを何度か押してみましたがダメです、右45度チョップも試してみましたが同じでした。
「ダメだ・・・完全に壊れてる」和也はため息をつきます。
それでもレナは、和也から受けとった動かないイカリヤをいつものように両手で抱きしめました。
「イカリヤ、かわいそう・・・」
「ごめんよレナちゃん・・・ここじゃ直せないよ」和也がレナに謝ります。
「いいの・・・和也のせいじゃないんだから」
二人の会話にケイが入ってきました。
「和也君、どうやら壊れたのは、イカリヤだけじゃないみたいよ」
ケイはフライトデッキの計器板に忙しそうに手をかざしながら言いました。
「今の強引な打ち上げで、シャトルの計器のあちこちに故障が起きたみたい」
「直せそうですか?」和也が尋ねます。
「今やってるわ」ケイの手のひらがひときわ強く輝きます。
「プログラム関係は私の端末をつないで何とかする・・・でも、一部は部品そのものが壊れているみたいだから、代わりになるものを探さないと」
・・・でも、代わりになる部品なんて、シャトルの中には・・・和也は考えます。
(そうだ!イカリヤだ!!)
イカリヤは現在和也が作れる最高のロボット、それなりに良い部品を使っています。
和也はレナからイカリヤを預かると、水色のカバーのファスナーを降ろし、
機構がむき出しになったイカリヤのボディから、使えそうな部品を慎重にはずしていきます。
その間にサラは、計器板を一つづつチェックし、不具合のありそうな基盤を引っ張り出していきました。
「なんぼボタン押してもええがにいごかんがぁ、こいつもめいどるのー」基盤を裏返しながら、サラがつぶやきます。
「これはどうでしょうか?ケイさん?」はずした部品を、和也はケイにかざします。
「いいみたい・・・、サラに渡して」
「和也・・・地球に帰ったら、イカリヤ・・・直してあげてね」
部品をはずしている和也の手元を不安そうにのぞき込むレナに彼は答えます。
「うん、必ず直してあげる、約束する!」