ACS枝編 鎮守の姫MIKO「街へ行こう!! 1」


キーん・コーン・カーン・コーン・・・・。
時計の針が今ちょうど午後の授業の終わりを告げた。
「よし! 終わったぁ!」
終礼の鐘がスピーカーから流れる中を、そんな声が聞こえてくる。
面倒な授業が終わりを告げて、生徒たちが思い思いの場所に散っていく。
そんな中、そろそろ暑くなってきたと思わせる6月の陽射しがそそぐ窓際で、征嵐が憂鬱な面持ちで教科書を片付けていた。しかし、その手の動きが妙に鈍い。
「ああああぁ、どうしようかなぁ〜〜」
そう、いうまでもなく困っているのである。
その原因はと言うと・・・、話は朝にさかのぼるのである。

朝のニュースを流すテレビをつけっぱなしにしたままで征嵐が制服に着替えて登校の準備をしていると、シズが二階の彼の部屋に上がってきた。
「えっと、その、征嵐さん。ちょっと教えてほしいことがあるんですが」
シズが、部屋に入らずに入り口のところで声をかけた。
「ん、なんだ?」
「えっと、この時代の洗濯機の使い方を教えてほしいんですけど」
「洗濯するのか。それなら、明日まとめてやるつもり・・・・て、いや、そうか女性用なんだな」
シズがここへ来てから2日もたつが、考えてみれば今までシズから洗濯物がでる、ということはなかったのだ。
普通気がつきそうなものではあるが、まあ、これは長きに渡って男所帯が続いたせいかもしれない。
「サイバドールだから汚れないとばかり思ってたよ。でも考えてみれば、ほこりを被ったりすることだってあるんだよな〜」
征嵐は、洗濯物を放り込むシズの手元を見るともなしに見ていた。普通の女の子なら洗い物を見られて『見ないで!』位いいそうなものだが、シズは気にした様子もなく洗い物を放り込む。
その様子をみていると、巫女装束をいっしょに放り込もうとしているのに気がついた。
「あれ? 巫女服もいっしょかよ? それだったら、俺たちの神職装束と一緒にクリーニングに出すようにするけど?」
そう、彼らの神職装束は、和装の知識が豊富な地元のクリーニング屋さんに出しているのだ。
今まさに白衣を入れようとしているシズが、征嵐を見やった。
「えっと、その、大丈夫です。少しづつなら普通に洗えるような繊維で出来ているんです。それに、いざという時に手元にないと困りますから。・・・いえ、今度から袴だけお願いできますか?」
「ああ、OK。へ〜、見えない所で、しっかり進歩してるんだな」
一度洗濯機の蓋をパタッとしめる。そんな様子をみながらも、征嵐はついつい籠の中身が気になる。
チラチラと籠の中身をみていると、あることに気付いた。
「あれ?」
思わず腰を落として籠の中の洗い物を改めて見つめてみる。普通なら、これで十分やばい状態だ。
―巫女服しかないなぁ―
「なぁ、シズ。服ってどんなものを持ってるんだ? やっぱり和服かい?」
何気なく聞いてみた一言への回答は、征嵐の予想を遥かに越えていた!
「えっと、私の持ってる服はですね、今着ているこの巫女装束一セットと、今洗ってる2セット。予備でまだ卸してない1セット。それで全部ですよ」
「それだけ! しかも巫女装束しかない!?」
「はい」
あまりの服の持ち合わせの少なさに、思わず天を振り仰ぐ征嵐。
―これは、ひょっとして―
念のために、少々気恥ずかしいことを聞いてみる。普通は正面きってなんか聞けやしないことを。
「ひょっとして、下着も持ってないのかい? シズ」
「え? ありますよ。ほら」
そういって、まだ洗っていない洗濯物の中から肌襦袢を持ち上げて見せる。
「わ! 見せなくっていいって。それも下着には違いないけど、そうじゃなくて」
そう、ここで彼がいっている下着とは、西洋風のランジェリーのことである。
「西洋風の、ですか。いえ、そういうのも持っていませんよ」
「ない!? 一枚もか?」
「はい、まったく」
「巫女服しか持ってないということは〜・・・・、じゃあ、外出するときとかはどうするんだ」
「私は・・・・、基本的に境内から外に出ることはありませんよ、仕事がありますから。でも、どうしてもとなれば、このまま外に出ます」
「このままと言うと・・・」
―巫女服で外出するつもりか!―
「あの、えっと、ひょっとしてまずいんでしょうか?」
なにやら悩んでいる様子の征嵐に、シズが不安げに問い掛ける。
「まずくはないけど・・、町内を巫女服のままで歩いている例は、あまり聞いたことがないからなぁ」
それはそうだろう、巫女装束などというある意味レアな服を着ているのは、やはり神道関係者だけだろうから。最も田舎などでは、まったく例がないわけではないらしいのだが。
「相当目立つと思うよ」
「目立つ・・・・でしょうか?」
「うん、かなり」
「そ、それはかなりまずいです。それではカムフラージュの意味がありません」
「カムフラージュねぇ。たしかにこんな小さな神社にガードマンがいても、おっかしいよな〜」
「それだけではありません! 私のデータにある限りでは、神社にそんな人がいたら無粋であるから居ないように見せるべきだ、と記憶されています。逆に他で目立って疑念を持たれたら意味がありません!」
やはり自分の仕事に関わる事はよほど気になると見えて、あくまで真面目に主張するシズである。
しかし・・。
「でも、どうしましょう・・」
ほかの服を、といっても具体的な方策が思いつかず途方にくれるシズ。と、その時。
「征嵐〜! 町へ出て買ってくるがいい!」
何処からともなく、ここにいるはずの無いもみじ山神社神主の声が聞こえてきた!
非常にいいタイミングのツッコミだが、微妙にくぐもった声であるところを見ると・・。
「と、父さん!いつからトイレに! あ、社務所はどうしたんだよ!」
勢いよく流れる水の音とともに、新聞を手にしてトイレから出てきた人物に驚きの声を上げた。
自然と声も大きくなろうというものだ。
「まあなんだ。細かい事は気にするな」
丸めた新聞を小脇にはさむと、何事もなかったように手を洗い始めた。
征嵐がふと新聞に目をやると、そこには競馬中継でよく聞く馬の名前が書かれているのが見えた。
「・・・・・・」
驚いたり飽きれたりしている二人に目を向けると、雅俊はにやりと笑みを浮かべた。
「こんな事もあろうかと10万近くのあぶく銭がとってある。かわいい服を買ってやれ。・・という訳だ、何も心配する事はないぞ、シズさん。さて、仕事仕事」
征嵐とシズにそういい残すと神主は、ほいほいと何事もなかったように去っていった。
「いったい・・」
「気がつかなかった・・・。そんな・・」
征嵐は同じように呟くシズのほうを見た。なにやら呆けているようだ。
「? どうした?」
「あ、いえ、何でもありません」
「そうか? ・・っ、よしそれじゃあ、今度服を買いに行こう!」
「え、いいんですか」
「もちろんだ。あさって! あさっての日曜日にいっしょに町に行くぞ」
「えっ、私もいっしょにですか?」
「当たり前だって。本人がいっしょに行かないと、サイズとか好みとか合わせられないからな」
「神社を離れるんですよね?」
突然不安げな顔になったシズを征嵐は訝しげに見やった。
「何? 何か不都合でもあるのかな?」
「私の仕事は、この神社を守る事です。それなのに・・、ここを離れたりしたら私の役目が果たせません」
何か随分こだわりがあるようだ。
ひょっとしたら、何か嫌な思い出でもあるのかもしれない。いや、それともプログラムだろうか?
「う〜ん・・・・」
プログラムならぱ、パソコンすら満足に使えない征嵐では変更は難しいだろう。
だが、そうでないなら・・。
「シズ、町には興味ない? 23世紀とはまた一味違うぞ。見た事ないだろ? トラックの荷台から見たものが全てじゃないぞ、そこにしかないものってのがある。シズがいた時代には既に無い物を実際に触ってみたくないか?」
征嵐は、シズの好奇心をくすぐってみる作戦に出た。この際彼女がサイバドールだというのは忘れる事にしたのだ。
うつむき加減だったシズが目線を上げて征嵐を見つめた。
「・・・です。でも、役目が・・・」
「それに女の子が巫女服の一張羅ってのは寂しいな。是非とも巫女服以外の服を着てるところを見てみたいなぁ」
「・・ぁ、わかりました。町に行きます」
しばらく迷っていたが、どうやら好奇心が勝ったようだ。葛藤がふっ切れたか彼女は柔らかい笑みを浮かべた。
「よし。・・てな、もう時間がやばいよ。じゃあ、後はもう問題ないよな」
ふと腕時計に目をやった征嵐は、慌ててシズを見やった。
「はい!  ありがとうございます。では、学校、行ってらっしゃいませ」
「うん、じゃあ、行ってくるよ!」
そういい残すと、征嵐は慌てて自分の部屋に駆け出していった。程なくして、今度は勢いよく玄関の戸をあける音とともにより彼の声が聞こえてきた。
「行ってきます!!」
だから彼は知らない。その後、実はシズの機嫌のテンションがかなり高かった事を!
「んー、ふふふ〜、町に行くんだ〜、・・えへへ〜」
次の洗濯物を手にとって、軽くリズムを取るシズであった。

というような事があったのだ。
しかし彼はこの時点で気付くべきだった。いや気付いた所で、悩む結果になるのは変わらなかったかもしれない。
一つは、このままだと巫女装束のままで出かけることになるだろう、ということ。
そしてもう一つ最大の問題点は、征嵐にはコーディネイトの才能が欠けているということを。
で、忘れていた結果がこれである。
「はあ〜、とにかく帰りながら考えようかな〜・・」
くら〜い気分で力なく立ち上がる彼に、教室の後ろ入り口から彼を呼ぶ声が聞こえてきた!
「ぁあ! いた! 先ぱーいお話があります! 逃げるのは無しですからね!」
教室中に響く声の主は、教室内の生徒の注目を浴びながらすたすたと入ってきた。
少女だ。
華が歩いてくる。彼女を一言でいうとそんな感じだ。
身長は157cmくらいの普通の体格で、癖のないミディアム・ヘアの少女だ。
しかし纏う雰囲気が違う。どことなくその立ち姿は、高貴さを漂わせるアルプスの星・エーデルワイスの花を思わせる。高原の湖を思わせる青い瞳が、それに拍車をかけているかもしれない。
その楚楚とした美少女ぶりは、巫女装束を着せるととても似合いそうだ。
そういったたぐいの清浄な美しさに、快活さが共存しているのだ。
清浄な華を纏う少女は征嵐の前の席に近づくと、椅子を引っ張り出してサッと座った。
「もう、ようやく捕まえました。ちゃんとお話聞いてください」
口調こそ怒っているのだが、極めて明るい人懐っこい笑みを浮かべている。
「や、やあ、ひさしぶりだね。それで、何か用かな?」
「もう、分かりきってるくせに何の用だ?は無いじゃないですかぁ。学園祭の事ですよ、が・く・え・ん・さ・い!」
彼女の名は鳳麻由理(おおとりまゆり)、演劇部の後輩で中々芸達者な女の子だ。
「はは! わりぃ。ここの所ゴタゴタしてたもんだから、ははは。それで〜君がわざわざ探しに来たという事は、・・・・・ひょっとして〜?」
「はい、その通りな〜。部長から招集がかかりました。幽霊さんも含めて全員集めてくるようにって」
「ああ! やっぱりな〜。わざわざ幽霊部員を召喚するってことは、もう結構決まってるんだな」
「もー! 当たり前ですよ〜・・・、って言いたい所なんですが、6月なのにシナリオが今詰めでして」
「ぇえ? 詰めって・・・。もう・・、決まってるんじゃなかったのか?」
「え〜と、部長がこだわりすぎて。今日シナリオ決定で、役割も決定して、そのまま舞台設計も始めて・・・・っていうことらしいです」
「うわ! 一月ちょっとしかないじゃないか。釣り糸並綱渡りスケジュールだな。・・あ、それで人手が欲しいのか」
「人手があるからといって、必ずうまくいくとは限りませんけど。あはは〜」
「あのワンマン部長の事だから、強引にでもどうにかするつもりなんだな」
「ちょっと怖いのは、アクションヒーロー同好会との合同だってことです。体育会系な集団との折衝をどうするつもりなんだか・・」
「ヒロ研か。問題ないだろう、あそこの会長は部長に激ラブだから。・・合同かぁ、ああ、それで今年は発表スペースがどうのって騒いでなかったのか」
「激ラブ! へ〜」
「集合何時?」
「集合? あ、4:00に生徒会会議室です」
「じゃあ、いいか。ねぇシナリオ見せてよ」
「どこに入れたっけ・・、はい、これです」
「・・・ふ〜ん? 白雪姫が元なんだな。それにしては、ちょっと・・・いや随分ご〜かいなアレンジが・・」
「あはは〜、その、同じにしたら面白くないな〜と思って」
征嵐はパラパラとシナリオが書かれたレポート用紙をめくる。
「ふ〜ん・・・」
時折手を止めては考え込む征嵐を楽しげに眺めていた少女は、ふと教室の時計に目をとめた。
「先輩先輩。そろそろ時間ですよ」
そういって、すいっと席を立つ少女。それを見た瞬間、征嵐に天啓が訪れた。
−そうか、彼女なら−
そしてそれにしたがって、征嵐は少女に声をかけた。
「鳳さん、ちょっと相談があるんだけど、日曜日に買い物につきあって欲しいんだけど、時間有る?」
少女は心底驚いたという顔で、征嵐に振り向いた。
「え!? デートですかぁ!?」
「いや、そうじゃないって!」
「恋人じゃないですけど、先輩なら特別にOKしますよ?」
「だから、デートと違うってば」
「なんだ〜。それなら、いったい・・・。でも、いっしょに買い物したら、やっぱりデートですよ?」
「あ・・・・え〜、とにかくだ。こういうことなんだ」
焦りまくりの彼は、今までの経緯を簡単に説明した。ただし、シズの正体がサイバドールだという事は隠したため、超箱入り娘だという事になってしまった。
なんとも妖しさ爆発である。そう、普通ならば・・。
「は〜い、いいですよ。た・し・か・に・! 先輩のコーディネイトはダメダメですから」
その少女はクスリと小さく笑った。
「私に任せておけば、もうバッチVですよ!」
笑顔でVサインをきめる麻由理にぐさりと一言きつい事を言われながらも、征嵐は特に傷ついた様子も見せず言葉をかけた。
「ああ、頼むよ。さ〜てとっ、そろそろ部長の所に行きますか♪」
「はい♪」
征嵐も急いで立ち上がると、二人は足早に教室を出て行った
さて、これで買い物の話はまとまった。
つぎの日曜日は、シズの服探しである。


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