ACS枝編 鎮守の姫MIKO「街へ行こう!! 2」


「あ〜、もう!! 何もない! もう飽きた! 帰って寝るぅ!」
何もかもが見事に破壊された小さな祠を前に、若い女性の叫び声がまばらに葉がつく木々の間に響き渡る。
たっぷりとした濃紫のロングヘアーが目立つ長身に、濡れたように輝く真紅の瞳が特徴的な彼女はCBDクロウディアだ。どうやら仕事でここに来たらしいが、成果が無くふて腐れて岩の上で自主的に休憩中だ。
ここは関東某所。そして時計は今8:00を指し示している。
天気予報ではどうやら暑くなるらしいが、あたりにはまだまだ夜気の涼しさが残っており、頬をかすかに撫でる微風が爽やかだ。
「仕事でなければ爽やかな朝ね〜」
そんな事を言いつつも、どうやら仕事をする気はないらしい。
ぼおっと頭上を振り仰いでいるのがその証拠だ。
それまで総合探査機を手にして辺りを調査中だったもう一人の女性が、手元の機械のモニターから視線を上げて岩の上のクロウディアに声をかけた。
「そうね。これ以上何も出ないかもしれないわね。こちらのセンサーには変わったデータは何も出ないし」
不思議な色合いをたたえた美しい銀色のロングヘアーの女性が、もう一度探査機のモニターを確認すると諦めたように折りたたんだ。彼女はCBDイリューシア。二人で先に受けた仕事の調査中である。
「何か普通じゃないエネルギー体の存在を感知はしてるんだけど・・。ダメね、この探査機には出てこないわ。ねぇ、変わった事は感じないの?」
「う〜ん、そうねぇ。人が抱く感情しかしかないわよ」
相変わらずやる気ゼロの有様のクロウディアが、気だるげに答える。そこが岩の上でなければ寝転んでいる事だろう。
「もうちょっと真面目にやってくれないかしら」
金色、というにはあまりにも深い、人には有り得ない色の瞳が、クロウディアを軽くにらみつける。クロウディアがチラッとイリューシアに目を向けると、そのままの体勢で瞑目する。
ひとしきり考え込むと、あいかわらずの緩さで話し始める。
「なんていうか・・・・・・、負の想念みたいな物しか感じないわねぇ。恨み、憎しみ、怒り・・。人を呪う時に抱く負の感情の全てかしら・・。しかもちょっと強めに・・」
「特に強く感じる感情は何?」
「ふぅ・・・、特に、は無いわねぇ・・・・・、まるで・・・」
「何?」
屈み込んで再び壊れた祠の残骸を調べていたイリューシアが、クロウディアに振り向いた。
「人を呪う事しか考えてないような、ってとこかしら?」
「ふん・・。ん?」
考え込むイリューシアのブレスレットが着信コールの軽やかな音を奏でる。
モニターにここに今居ないもう一人の調査担当者のコードネームが表示された。
「彼から?」
左手を顔の近くに持ってきたまま、目線はクロウディアに向けてゆっくりと頷いた。
「ええ・・、うん・・、うん・・、・・・そう、・・・、OK、わかったわ、ありがとう」
「それで、なんだって?」
イリューシアが通信をきるのを待って、クロウディアが面倒そうに問い掛けた。
「僅かながら、時空跳躍時の物に似た、時空連続体界面の揺らぎの発生を確認。ただし、既知のいかなる動力の発生させうるエネルギーの痕跡は感知されず。当該存在は極めて高度な欺瞞能力を有する物と確認、だそうよ」
「げ〜、・・・なんていうか、今回はなんだか無駄足っぽいってことなのね」
岩の上に座り込んだクロウディアが、組んだ手の上に顎を乗せて、さも嫌そうに不満を表明する。
「・・・・イリューシア?」
答えが帰ってこないのを訝って、クロウディアが声をかけた。
「ん、ああ、ごめんなさい。ちょっと昨日見た現場の様子を思い出していたから・・」
「なんか気がついたの?」
「気がついたって程じゃないの。ただ、最初に話を聞いた時の複数の原因が重なっている可能性が高いって話、覚えてる?」
「ええ、なんとか」
「確かに、2種類の犯人が居るのに間違いないわね・・」
クロウディアが、イリューシアのほうに体を向け直した.
「そうね。そうかもしれないわね」
「やっぱり・・、貴方もそう思うのね」
「あそこも、見事に壊されていたわよね。でも、ここで感じた事は向こうでは感じなかったわ」
昨日行った現場は、この現場に近い所にあるお寺だった。江戸時代の初めからある古刹で、その本堂に隣接した保管庫となっている建物に、あまりにも見事な大穴が明けられていたのだ。
そして、中に有った鎌倉時代に造られた仏像が2点盗まれていた。不思議なのは、それだけの大穴が明けられていたのにもかかわらず、家人は誰もそのことに気付かなかったのだ。
「あそこでは、負の感情だけが渦巻いていた訳じゃなかった・・。ごく普通で・・・。今思えば一番強く感じた感情は、使命感と言っていいわね」
遠くを見るようなほぉっとした表情で、CBDクロウディアは犯行現場に存在した感情の説明をする。それはまるで、人の感情が手にとるように分かるかのように・・。
そんなクロウディアを見て、イリューシアはさらに思案する表情で腕を組んだ。
「似たような手口で、似たように失われる骨董品・・。されど、それを行う者は2組いるらしい・・。違いは何かしら? データが足りないわね、何か見落としていると思うんだけど・・。探偵でも雇っちゃおうか?」
イリューシアはおどけた調子で、組んでいた手を解いてヒラヒラさせる。
「な〜に言ってんのよ。常識外の事件なんて、今までに幾らでもあったじゃない。探偵に出来るのは、人間が関わる事件だけよ。人外の存在が関わっている可能性がある事件を見通す事が出来るのは、あなたみたいな特別な存在だけよ」
ぶっきらぼうに、しかしさも当然と言った感じでクロウディアがイリューシアを評する。
「あら、褒めてくれてありがとう♪ でも、クロウ?」
「ん?」
「さぼろうったって、ダメよ♪ あ・な・た・も特別なCBDなんだから」
「げっ、気付かれたわ」
「当たり前じゃないの。何年来の付き合いだと思ってるの?」
「ちぇ〜」
「フフフ・・」「フッフフフ・・」
漫才めいた会話にどちらともなく笑いがこぼれ始める。実の所、今までもこんな会話は何度も行われてきたのだ。途中たどってきた道は違えども、気心の知れたとても古い友達・・。
それが彼女たちなのだ。
今までこの場を覆っていた空気を払拭するように、笑いが満ちる。気温もそろそろ上がり始め、現場の雰囲気を違うものにし始めたとき、少し遠くのほうからクラクションを鳴らす音が聞こえてきた。
「来たわね。さあ、帰って今あるデータを洗い直してみましょうか」
そうクロウディアに言葉を投げかけると、イリューシアがすたすたと歩き始めた。
「う〜い、帰ろ帰ろ」
クロウディアも勢いよく立ち上がると、道路に向かってゆっくりと歩き始めた。
彼女達が一歩進むごとに、町のざわめきが押し寄せてくるようだ。早朝といわれる時間帯は終わりを告げたのだった。


六月半ばを過ぎ、来るべき夏の到来を予感させるに足る十分な暑さが町中を覆っている。
暑い季節特有の青い色が遥かな高みまで突き抜けるようなそんな空の下、街中を吹き抜ける初夏の風の中で今、カップルにしか見えない一組の男女が最高に目立っていた!
「征嵐さん、あれは何のお店ですか?」
「洋菓子店だ。ケーキとか、クッキーみたいな焼き菓子を売ってるところだ」
「ケーキというと、昨日征嵐さんが作ってくれたあれですか?」
「ああ、もっと種類が多くあるけどな」
「へ〜。あ、あれは何のお店ですか?」
「あれは文房具店。・・文房具は分かるよな? あ、事務用品なんかも扱ってたっけ」
「・・和服専門店は無いんでしょうか?」
「うん、それはここの商店街には無いな。別の商店街に行かないと。ああ、言っておくけど今日の目的は洋服だからね」
「えっと、その、参考までに聞いただけです。大丈夫、ちゃんと承知してます」
そういいながら、シズはあたりをきょろきょろと見回した。
「ここには、いろんな店があるんですね。私たちが行く店もこの商店街にあるんですか?」
「う〜ん、鳳さんにお任せだから、分からないな。とりあえずここで待ち合わせって言う事になったからさ」
「そうですかぁ」
そういうとシズは、辺りの様子を再び観察し始めた。
そして、そんなシズを恥ずかしいなぁ、という表情で見ている征嵐。
この二人、当然というか何というか、とても目立ちまくっていた。
思えばここにたどり着くまでが凄かった! シズは巫女装束だし、しかも三匹と四羽と一人に見送られながら神社を出てからここに来るまでのシズの落ちつきの無さといったら、それこそ見ていて爽やかなほどであった。
辺りをきょろきょろと見回し質問しまくる姿は、古き良きおのぼりさんの姿以外の何者でもなかった。おかげでかなり恥ずかしい思いをしたものだが、意外と苦痛にならなかったのは巫女装束姿のシズは(例え緊張感の欠片も無いにしても)やはり、とても絵になる美少女振りを発揮していたからだ。
素直になるかどうかと趣味云々を別とすれば、美女と並んで歩く事が心踊る行為なのを否定する男はいるまい!
そうこうしている内に待ち合わせの時間より、30分の時間が経過した。時折、ケイタイの時計に目をやる征嵐にシズが声をかける。
「かなり時間が経過しましたが、待ち合わせの方、こないですね」
「う〜ん、約束を破るような娘じゃないんだけど・・。ふ〜〜ん」
「何かトラブルにでも巻き込まれたんでしょうか。連絡してみては?」
「いやぁ、もう少し待ってみようか。女性は仕度に時間がかかるっていうし」
「そうなんですか? 私はそんなにかかりませんよ?」
彼女はそういいながら疑問符を顔に浮かべて、それっぽい人がこないかと通りの奥に目を凝らした。
確かに、質実剛健と言ったらいいのか、化粧をするという概念が無いらしい彼女の準備は早い。夜の8時から9時の間、データ整理とメンテナンスチェックのために休憩を取った後は、顔を洗って服の乱れを簡単に直して直ぐ出かけるのだ、そりゃ早いだろう。
「そんな事を言い出してどうするんじゃ。シズも女性だろうが」
「あの、CBDの場合女性といっても・・・」
シズが何か言い募ろうとしたが、その時彼は商店街の向こうから件の待ち人がやってくるのに気を取られて、彼女の言葉を聞き逃した。
「あ・・・、あ、あれ?」
「来たんですか?」
「あれ? 誰だ?」
「えっと、違うんですか?」
「いやそういう事じゃなくて、予定より随分人数が多いからさ」
そう、こちらに向かってくるのは4人。予定の4倍の人数が近づいて来るのだ。
二人は思わず、訝しげな視線をこちらに向かってやって来る一団に送ってしまった。
見つめる二人に気付いたのか、先頭の少女がこちらに向かって快活そうに手を振った。
「先ぱ〜い! 遅くなってすいませーん!」
「何よ、麻由理、あれがデートの相手なの?」
小走りに近づいてくる彼女と一緒に、こちらはとても賑やかな少女が騒ぎながら近づいてくる。
「デートじゃないわよ、綾菜ぁ」
「何ですって。あたしを騙そうとしてもダメよ! あなたに彼氏ができるなら、あたしはもっとかっこいい男を捕まえるんだから」
ショートカットの黒髪で気が強そうな、何だかやけにテンションが高そうな少女だ。
「だからデートじゃないってば」
「それにしても随分冴えない相手じゃない?」
「不満があるなら帰ってもいいのよ。もうどんな相手か分かったんでしょう?」
「何よ! あたしを除け者にしようって言うのね! ダメよ、意地でも付いて行くからね!」
「もう、綾菜ったら素直じゃないんだから〜♪」
「な! 何言ってるのよぉ。あたしは、ただあんたのデートの邪魔をしてやろうと思って」
「あ〜やぁ、だからデートじゃないってば」
「鳳さん、はろー。何か有ったのかと思ったよ」
征嵐たちの前にたどり着いた二人の、漫才めいた会話の隙間に征嵐が声をかけた。このままだとキリがなさそうだったからだ。
「すいませ〜ん。途中で綾につかまっちゃったので」
征嵐は隣の女の子に目を向けた。知らない相手ではない。よく麻由理と歩いているのを見かけるが、こうして会うのは初めてだ。
「や、お初です。彼女の演劇部の先輩で紫堂征嵐です」
何故かふて腐れている少女の横顔を見ながら、自己紹介をした。その少女はというと、面倒そうにこちらをむいた。
「葛城綾菜(かつらぎあやな)よ。よろしく先輩」
「姉さん・・・」
今で麻由理と綾菜の後ろで黙ってこちらをうかがっていた少年の内の一人が、綾菜の背中をつつきながら声をかけた。
「わ、分かってるわよ、これからよこれから。ごめん先輩私のせいで遅れちゃって」
何か文句の一つも言ってやろうかと思ったが、その不満そうな表情を見つめてから思い直す。彼はあまり角が立ちそうなことは好まないし、さっきの様子を見る限り扱いにコツが必要な性格かもしれない。
「ああ、大丈夫。そんなに待ってないから。それで〜・・・」
後ろの少年達と目が合うと、戸惑っているらしい気配が伝わって来た。それと共にこちらに向かって会釈してくる。
「あのですね、この二人は私たちの弟なんです」
麻由理にうながされて二人の自己紹介が始まった。
「初めまして、僕は葛城スイといいます。よろしくお願いします」
「ちーす、シンです。姉の麻由理がお世話になってるです」
初めに挨拶して丁寧にお辞儀をしたのは、穏やかな物腰の金髪碧眼の美少年だ。襟元で綺麗に切りそろえられた髪が、なんとなく育ちのよさを感じさせる。これは絶対に綾菜と同じ血は流れていないだろう。あまりに似ている所がない。
そして、後から大雑把な挨拶してきたのは、快活さというか、どちらかというとワイルドな雰囲気を持った少年だ。黒い髪は少し跳ね気味で、屈託のない体育会系を思わせた。
13か14歳くらいだろうか、背格好は似ているがとても対照的な二人だ。でもどこかしら似た感じもある。とても不思議な二人組みだ。
「暇だったので、荷物持ちという事で付いて来てしまいました。あの・・、ご迷惑でしたか?」
「いや、そんな事ないよ。デートじゃないんだからさ、こっちこそよろしく」
「先輩、そちらのお姉さまが今日の主役ですね?」
「うん、そうだよ」
そういって後ろを振り向くと、シズがなぜか物凄く不思議そうな顔で二人の少年を見ているのに気がついた。
「えっと、初めまして、シズと申します。今日はよろしくお願いしますね」
「は〜い、任せてください」
「なあ、シズどうかした?」
ごく普通に丁寧に頭を下げるシズを見て、なんとなく征嵐は違和感を覚えた。何か、物凄く疑問に思っている事があるのではないかと感じたのだ。
「あの、何て言うか、その・・」
「何でも言ってくださいな。希望があるなら聞きますよ〜」
にこやかな麻由理の笑顔に後押しされたのか、少年二人の顔を見ながらおずおずと問い掛けた。
「あの、間違ってたらごめんなさい、シンさん、スイさん、お二人はひょっとして」
シンとスイが顔を見合わせた。
「それじゃあ」
「やっぱり!」
「はい、私サイバドールです」
「俺たちもそうだよ!」
胸に手を当てて爽やかに正体を告白するシズと、それに釣られて驚くべき告白をするシンとスイ。これには周りの人間が驚いた。
「えーーー!!!」
「なんだって!」
「うそぉ!!」
「何、なんだっていうの、又増えたの? ちょっとどうなってるの、いったい!」
呆れ混じりの、綾菜の魂の叫びが周囲に響き、何事かと通行人が振り向いた!
「うわわ、とにかく場所を移動しましょう、先輩」
「おー」
急に注目を浴びる事によって焦った麻由理に、征嵐が速攻答えた。早足で逃げるように歩き出した二人に他の面々が続き、急いで一同はその場を離れた。


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