ANGEL CLASS STORY枝編 鎮守の姫MIKO「嚆矢2」


「い、いえ、どういたしまして」
呆然とした顔で征嵐は、ケースの中に座る巫女装束の少女にお辞儀を返した。
―こ、これはいったいどうなってるんだ!?―
「申し遅れました。私、サイバーダイン社製サイバドール、CBDシズと申します。よろしくお願いします」
「へえ、こいつは驚いた。見たところ人間と変わらないじゃないか。噂以上だな」
しきりに感心するもみじ山神社の神主である。しかし、特に疑問は感じていないようだ。
「に、人間じゃない? ・・・って、うそだろ? ロボットみたいなもんか? それにしたって、こんなに出来がいいなんてっ・・」
「あの、ロボットじゃありません。サイバドールですよぉ」
CBDシズと名乗る少女は軽い抗議の声を上げた。
それを無視するように雅俊が息子に、にやりと笑みを浮かべながら声をかける。
「なあ、征嵐。お前、こんな噂を聞いた事はないか?」
「どんな??」
「神奈川のある都市に、見かけ上人間と変わらない自動人形たちが、住人として大量に入り込んでいるっていう話だ」
「あの〜〜・・」
小さな抗議の声は、またしても無視された。CBDシズは困り顔で二人の顔を見比べた。
雅俊は全て納得したような様子で、随分余裕が感じられる。対して征嵐はというと、かなり状況が飲み込めないようだ。
「あぁ、聞いた事あるよ。でも、それって都市伝説のたぐいの話だろ?」
「それなら、目の前にいる彼女はなんだ?」
「う、う〜〜〜ん。そうだな、嘘ついてるとか?」
「莫迦だな。これから一緒に暮らすんだぞ、彼女にメリットが無いだろうが。嘘をついてどうするんだ」
「そうですよ。嘘じゃありません、ほんとにサイバドールです! 何なら証拠をお見せしますけど」
征嵐は、昼間の混雑した街道で出会ったときのことを思い出す。
なるほど人で無いなら、あの運動能力も説明がつくではないか。
「・・いや、いいよ。納得できました」
「えっと、それでは私の話を進めてもいいですか?」
「うん?あ、悪かったね、進めてくれていいよ」
「はい、わかりました。・・・本サイバドールは、サイバーダイン社の純正指定登録商品です。サイバドールは、顧客利用に関する以下の基本条項に基づき・・・(中略)・・これらの条件に同意なさいますか?」
「おう、OKだ」
父の方がさらっと、同意した。
「はい、わかりました。それではユーザー登録に移ります! えっと、私のユーザーはどちらですか?」
「そっちだ、息子の征嵐だ」
「何っ、俺か!」
「俺は神社の仕事で忙しいからな。ここに慣れるように教え導くのは、お前の役目だ」
「ううーん」
納得したと口では云いつつも、まだ今ひとつ納得しきれないようである。
その時、玄関がガランと開く音がすると若い女性の声が飛び込んできた。
「宮司さまー! まだこちらにいらしたんですかぁっ、そろそろ戻ってください! 一人じゃ大変です!」
「お〜! すまないね、由香里さん! 今行くよ」
現在、もみじ山神社にたった一人だけいる巫女の娘さんで榊由香里だ。
もみじ山市でたった一つの有人の神社なので規模は大きくないとはいえ、巫女の一人ぐらいは居ようというものだ。
「征嵐、こう考えたらどうだ。若くて魅力的な美少女が常に一緒にいると」
「!!」
おもわずシズの顔を見やる。
どうやら早く手続きを終わらせたくて、うずうずしている気分がなんとなく伝わってくるのだが、親子の性格がなんとなく飲み込めてきたようで口を出す気は無いようだ。
征嵐の瞳に、その人と変わらぬ魅力的な姿が改めて飛び込んできた。
―! 悪くない!―
どうやら彼に天啓が訪れたようだ。
「じゃあ、あとは若い者同士うまくやってくれや」
まるでお見合いのときに親が云うようなセリフを云うと、ほいほいと出て行ってしまうのだった。
「・・・」
「・・・」
後に残された二人がなんとなくお互いを見返す様は、ほんとにお見合いのようだ。
カコーン
窓際の障子を閉めているため見えないが、庭のししおどしが良いタイミングで音をたてる。
一拍の静寂のあと、先に口を開いたのはシズだった。
「えっと、その、・・それではユーザー登録に移りますが、よろしいでしょうか?」
「あ、うん」
「誕生日はいつですか?」
「7月22日だよ」
「血液型は何ですか?」
「A型だよ」
征嵐はシズの質問に次々に答えていく。質問に答えているだけなのに、どちらからともなく、なんとなく楽しげな雰囲気が漂い始めた。
「はい、登録の上書き完了しました!」
シズがほっとした顔をした一瞬の事・・・。
カコーン
また庭のししおどしが、タイミングよくいい音を響かせる。
―こ、これじゃほんとにお見合いみたいだ!―
独特の雰囲気を壊すべく、話のネタを求めて周囲を見回した。あることに気づくと同時に、時計がその目にとまった。
―PM5:15―
「!! うわ、まずっ! シズさん?」
「あ、いえ、シズとだけお呼び下さい♪」
「じゃあ、シズ」
「はい♪」
「まだ聞きたい事もあるんだけど、これから夕食の用意をしなければならないんだ。
悪いけどここで待っててくれないかな」
シズにどんな事が出来るかを聞きたい所だが、それは後でもいいだろうと思ったのだ。
「えっと、そういう事でしたらこちらも仕事の準備に取り掛かりたいと思いますが、いいですか?」
「準備?」
「あ、そんな大したことではありません。他の荷物をほどいて片付けるだけですよ」
「そう、そういうことなら残りの荷物を頼むよ」
「お任せください」

「う〜ん、なんだかなぁ」
さて、かなり納得がいってはきたが、まだ複雑な気分は抜けきれない。あー見えて実は人間ではないとは、なかなか信じがたい事だからだ。
ぐつぐつと煮え立つ鍋の中身を、おたまでぐるぐる回す。
―チュン、チュン、チュンチュン―
どこからか雀の鳴き声が聞こえてくる。
聞くとはなしに聞きながら、固形のカレールーを鍋に放り込む。
ルーが溶け始めるのを見て、おたまで鍋の中身をかき回し始めると、今度は・・。
―にゃ〜う、にゃ〜お〜―
今度は猫の鳴き声が聞こえてきた。それもかなり近くで、だ。
「ん、なんだろう?」
後ろを振り返って聞き耳をたててみるが、特に何も聞こえてこないようだ。
家の中から聞こえてきたように思ったのは、きっと気のせいだろうと、鍋に集中することにした。
すると。
―オオーン! ウー、バウッバウバウ!―
今度は犬の鳴き声が、しかも大型犬の鳴き声が聞こえてきた! しかも間違いなく家の中でだ!
「何だとぉ!」
おもわず台所の入り口に駆け寄ると、廊下に顔を出した。すると居間の方から、まったく何も気にしてない様子でシズが梱包材の束を抱えて歩いてくるではないか。
「あの、征嵐さん。これ、とりあえず置いておく場所はありませんでしょうか?」
「うん、そうだな、玄関を出て左の方にガレージがあるから、ひとまずその中に・・・って、そうじゃなくて!!」
「ええ、では何処に置いたら・・・」
「ああ、えー、置き場の話じゃなくてー、今の犬と・・猫の鳴き声がしたけど・・、いったい何!?」
「あ、あれはですね。オプション装備のセットアップ及び点検の確認音です。本物の動物の鳴き声ではないんです」
「ん、・・・・・・・・犬や猫の姿をしているのかい?」
「はい。鳥もいますよ」
―すると、最初の雀の声か―
「見てみますか?」「ああ」
ひょいと居間の中を覗いてみると、犬は寝転び、その他はノコノコと歩き回っている。
「・・・・」
「あれが、私とリンクする自律監視ロボットです。あ、梱包前に洗浄してありますから、まだ汚くありませんよ」
「へ〜・・・、うん、わかった」
「では、これ置いてきますね」
軽くこめかみを押さえて征嵐は台所に戻る。シズはわずかに不思議そうな顔で見返すと、そのまま玄関に歩いていった。
「あ!」
征嵐の方はというと、鍋に気がついて慌てて火を止める。
鍋をかき回すと、微妙に焦げ臭い匂いが漂ってくる。
危ない所であった。
「おう、征嵐、シズさん今戻ったぞ。お、今日はカレーか」
玄関が開く音がすると、家主が戻ってきた。窓の外に目を向けると、もうかなり薄暗くなってなってきていた。
「宮司様おかえりなさいまし」
「おや、シズさんそのゴミは?」
「まだゴミじゃありませんよ。返品に備えて、もうしばらく捨てないでおこうと思って。征嵐さんに置き場を聞いたら、ガレージにおいて置くようにと云われたんです」
ほんの一瞬、シズの言葉のトーンが落ちたが、それに気がつかないかのように雅俊は言葉をかける。
「とって置く? ウ〜ン、そういうことなら、いい場所がある。
とりあえず今日は遅いから、明日にして夕飯にしましょうかね」
「いえ、夜遅くなってからこそが、私の仕事の重要な時間です。それに、ご飯は無理にいただかなくても」
「食えないのかい?」
「え、食べられますけど、あの・・・」
「大丈夫だって。今まで何も起こらなかったんだ。今日ぐらいなら泥棒なんて出やしないだろうて」
「えっと、その」
「父さん、3人分盛り付けたけど、いいよな?」
征嵐が、台所に直結した食堂から顔を出した。
シズが自分の持つ使命感と、今まで味わった事の無い初めての気分の板ばさみでぐずぐずしていると、征嵐の笑顔が後押しした。
「シズ、結構いけると思うんだ。食べてくれないかな?」
「ほら、息子もあーいってるしな」
「は、はい」
少し迷った挙句、シズは荷物を玄関の上がり口の置くと食堂に向かった。

「アテンション!」
ざっ!!
テーブルの横に、シズのオプションの自律監視ロボットが整列した。シズが、せめて監視ロボットだけは配置したいと申し出た為、紹介する事になったのだ。
常にシズとリンクしている動物型自律監視ロボット、都合7体がテーブルの横に勢揃いした。
「ジンム!」「バウッ!」
犬型(シェパード)のロボットが答える。迎撃補助を兼ねる彼が、7体のリーダーだ。
「スイゼ!」「ニャ〜ウ」
「アンネ!」「ニャ〜オ」
日本猫型のロボットが答える。最初に呼ばれた黒猫がスイゼ、後の三毛猫がアンネで共に尾行任務も兼ねるそうだ。
「イトク!」「チュン」
「コウショ!」「チュン」
「コウア!」「チュン」
「コウレ!」「チュン」
全部同じ物に見える雀型のロボットが答える。監視専門の彼らは、スペック的にも性格的にも
そう違いは無いらしい。
「以上が、私の目一同です」
「なるほど、使い魔だな」
動物そのものにしか見えない彼らが、整然と並ぶ様に雅俊が感心して云った。言いえて妙といえよう。
「では、ちょっと失礼しますね」
使い魔たちはそろって頭を下げると、シズに続いて整然と食堂を出て行った。
雅俊は、ニヤニヤ笑いながら息子に声をかける。
「ふふん、もう馴染んできたみたいだな。なかなか、よさそうな娘さんじゃないか」
「うん、いいね、ほんと。サイバドールだなんて思えない」
その時玄関がガラッと開く音がすると、シズの声が聞こえる。
「散開!」
使い魔たちが移動したのだろう、玄関の戸が閉まる音がすると、パタパタとシズが戻ってきた。
「もういいかね?」
「はい、ひとまず問題ありません」
そう云うとシズは、雅俊の向かい側、征嵐の左側の席についた。
「では、いただきます」「いただきます」「・・んと、いただきます」
各自スプーンを持つと口にカレーを運び始める。
征嵐も自ら食しながら、なんとはなしにシズを見ていると、シズの動きが一口めで停止した。
「? シズ、どうかしたかい?」
一瞬口に合わなかったかと思った征嵐。次に作る時どうしようかと思った瞬間。
「征嵐さん!」
「はい?」
「これ、おいしいです!」
「そうかっ! それはよかった」
思いもかけない反応のよさに、思わず征嵐も満面の笑みを返す。
「さあ! 食べてくれ」
「はい! 私、ここへ来てよかったです!」
オーバーだなぁと思いながら征嵐は、はにゃ〜んとした顔でカレーを口に運ぶシズを見返した。
口元に軽い笑いを浮かべて、雅俊がその光景を見つめる。
かくて、もみじ山神社に新しい住人が誕生した瞬間であった。


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