ANGEL CLASS STORY枝編 鎮守の姫MIKO「嚆矢1」


後に紫堂征嵐は述懐している。2001年6月のあの日を絶対忘れる事はないだろうと。
それは何でもない道路際から始まったのだった。

朝から降っていた雨もやみ、道が少しずつ乾き始めている。
ゆっくりと雲が去って行き、日がさし始めた中、自転車を走らせて征嵐は家路を急いでいた。
自らが通うもみじ山向陽高校では、演劇部の幽霊部員をしている以外は特に決まった部活をやっている訳でもないので、夕暮れまではまだしばし時間がある。
それなのに家路を急いでいるのは、今日が彼の食事当番だからである。母は既に鬼籍に入ってしまい中学校に上がってよりこっち、ずっとこんな生活を続けてきたのだった。若者にあるまじき枯れた生活を送る彼は、特に何かに燃えることもなく今まで過ごしてきたのだった。
なんとなくこのまま大学にいって、サラリーマンになって、結婚して・・・というような普通の人生を思い描いていたと言えよう。そう、この時までは。

時ならぬ道路工事で渋滞している街道に差し掛かったときに、それはやってきた。
片道が二車線のうち一車線を工事している為渋滞している道路を見やりながらゆっくりと自転車を走らせていると、何とはなしに1台の運送用トラックが目に入った。
「?」なんとなく気にかかる。
特にどこがおかしいのか分からないままに誘導待ちで止っているトラックの横にくると、征嵐は自転車から降りてじっくりと観察し始めた。
特におかしいところはなさそうだ。もっとも車に詳しくない征嵐ではわからないことも多いが。それでも特に不審な点は見つからなかった。しかし、トラックの前の方から観察し始めて荷台後部の扉の辺りに差し掛かったときのこと・・・。
ピッピッピッピー。ガコン。キッ。ブーーーン。
征嵐の見ている前で、開けるものさえいないのに勝手に荷台の扉が開き始めた。
「え、何?」
開き始まる前の最初の音は、電子ロックの外れる音であろうか?
時折お祓いのために彼の家であるもみじ山神社に訪れる車を見かけるが、そんな所に電子ロックを使った車は見たことは無かった。
が、きっとそういう物もあるのだろうとつかつかと近づいた時、そのすきまから身を乗り出すようにして少女が顔を出した。
美少女だ。しかも古典的な美しさと、もっと現代的な躍動感がその顔立ちの中に同居している
「な!」
あまりに意外な出会いに一瞬固まった征嵐と、辺りを見回していたその少女の目があった。瞬間少し不安げな表情が少し期待を込めた表情に変わると、少女はすいっとトラックから飛び降りた。年のころは18,9か。本来なら凛々しい顔立ちなのだろうが、今はもう少し幼げな、そして人懐こそうな笑顔でこちらに近づいてきた。征嵐は度肝を抜かれて相変わらず固まっていた。
それというのも、あろうことか彼女が巫女装束を着ていたからだ。
「こ、こんにちは」
すっと少女が丁寧なお辞儀をした。少女に挨拶されて征嵐はいくぶん正気に戻った。
「あ、はい、こんにちは」
「あのう・・・、ちょっとお聞きしたいのですが・・、ここはどこでしょう?」
「え、どこって?・・・」
「えっと、えと、何県のなんて町でしょうか?」
「あ・・ああ、神奈川県のもみじ山市ですよ」
渋滞解消待ちのトラックの、よりによって荷台から降りてきた巫女装束の少女に場所を聞かれるという異常事態にも関わらず、頭が空白になっていた為いぶかしく思うより前につい答えてしまう征嵐だった。
「!! そうですか、教えていただいてありがとうございます!」
征嵐の答えを聞いてぱぁっと少女が花のような笑顔を浮かべた。
「あの、それで・・ぁあ!!」
さらに何か聞こうとしたのだろう。しかし、その言葉は言い終わらなかった。渋滞している車たちがようやく動き始め、今まさに少女が乗ってきたトラックが動き始めたからだ。
一瞬トラックと征嵐を見比べると、急いでかつ深々とお辞儀をした。
「重ね重ね、どうもありがとうございました。それでは失礼します!」
言うが早いか、トラックの荷台に向けて身をひるがえした!
「え、お、おいちょっと」
思わず、声をかける征嵐。しかし今一力のこもらないその言葉は、少女におそらく届かなかっただろう。
駆け出した時点で10メートルは離れていただろうか。もちろん、加速は上がり距離も開く。
しかしそんな距離は、少女にはまったく意味はなかった。次の瞬間起きた事は、今までの彼のささやかな常識の世界に止めを刺した。
「な、そんな!」
わずか一歩。巫女装束の少女が踏み出した一歩は、そのまま少女の体を飛翔させた!
白衣の袖を白鳥の羽のようにひるがえして、彼女はそのままトラックの荷台に吸い込まれる。
もちろんただの人間に、そんな事が可能であるはずがない。
扉が閉じ始めたトラックの荷台の中で振り向いた彼女が、ちょこんとおじぎをするのが見えた。
「な、な、なんだったんだ?俺・・・幻覚でも見たのか?」
呆けた顔で立ちつくす征嵐を後にしてトラックは走り去っていった。

そのまま帰ろうかと思っていたのだが、あまりの出来事に毒気を抜かれてしまったので、気分を変えるために少し足を伸ばして駅近くのデパートに向かった。
今日は簡単にカレーで済ませてやろうとメニューも決まった為に、今ちょうど切らしている人参と竹輪を買うためだ。ちなみに紫堂家のカレーに肉は入らない。代わりに竹輪が入るのだ。
食料品売り場を物色していると、向こうから見知った顔が近づいてきた。
人数は二人、それぞれ変わった格好をした女性たちだ。
「あらあら、征嵐ちゃん、こんにちはー」
と、これは緑色の和服に割烹着、それとなぜかローラーブレードを履いた色っぽいお姉さん。
「あ、こんにちは紫堂さん」
と、これはスカーレット色のミニのメイド服を着た元気そうな美少女だ。
「こんにちは、マミさん、メイさん。三日ぶりですね。今日は何を買いに?」
「まだねー、特に決まってないのヨー」
「とにかくいろいろ買っておこうかと思ったんです。冷蔵庫の中がさみしくなってきたので」
「豚肉はどうです。特売で安いのがありましたよ」
「どうしますか、マミさん?和也さん、どんな肉料理が好きだったかしら」
「あらあら、いいわねー。じゃあ、それも買っていきましょうかー」
「紫堂さんは、何を買うんですか?」
「カレーにするんで、とりあえず足りない材料だけをね」
メイと呼ばれたロングヘアーの少女が、征嵐の持つカゴの中を覗き込んだ。
「はー、紫堂さんのお家ではカレーに竹輪が入るんですかー」
「・・・ええ、まあ」
「メイちゃーん、カレーにもいろいろバリエーションがあるのよ。料理の道は一日にしてならず者なのよー」
「はい、分かりましたマミさん。私がんばります!」
「それじゃあ、僕はこれで失礼しますよ」
征嵐は笑顔で別れを言うが、その笑顔は幾分引きつっているように見える。
「はい、征嵐ちゃんさよならねー」
「紫堂さん、さようなら。何か安い物があったら、また教えてくださいね」
「ええ、よろこんで」
征嵐は二人の女性を後にしてレジに向かった。
二人と最初に会ったのは昨年の9月の中頃だった。やはりこのデパートでの事だった。
どう見ても外人なのに、和服に割烹着でローラーブレードを履いている大人の女性と、スカーレット色のウエイトレスみたいな服を着た美少女の組み合わせは、あまりにも強烈だった。(メイの着ている服がメイド服の一種だと知ったのは、後でそのことを友人に話してからだ)
ぼうっと見とれていると、マミのほうから話し掛けてきたのだ。
それ以来、時々買い物先で出会っては、一言二言話をするようになった。マミは居たり居なかったりするので自然とメイと話をするようになったのだが、どうやら和也という大学生の彼氏と同棲しているらしい。
いつかあんな彼女が出来ればと、かなり羨ましく思ったものだが、ずっと後でそれが誤った認識だと知る事になる。
そしてそれが、自分に対してのある種予兆めいた出会いであったことも。

市役所から北の高台に向かっていくらか行ったところに、古くから神社がある。
規模はまあ小さくはないといった程度か。季節の移り変わりによる植物の様相の移り変わりが美しく、祭りの時や正月の時意外は、訪れる物も少なくひっそりしている。ここが紫堂征嵐の家があるもみじ山神社だ。
もっとも古くからあるといっても江戸時代の末に全て焼けてしまったので、今の社殿は明治時代初頭に建て直されてわりと新しい物になっているが。
その境内内、神社そのものの施設の右手にある駐車場をもう少し奥へ入りこんだところに母屋があるのだ。
「ただいまー。・・・な、なんだぁ??」
買い物袋をぶら下げて征嵐が玄関の戸を開けると、異様な物が目に付いた。
まずでかい荷物が二つ。ちょうど棺桶ぐらいの物とりんご箱を三つつなぎ合わせた位の物。
それと、小さめのみかん箱サイズの物が三つ。
見事に玄関付近の廊下を占拠していた。
「なんだよ、邪魔じゃないかぁ。・・・・よっとっ」」
荷物をまたぐようにして廊下に上がると、ちょうど背後から声がかかった。
「おう! 息子よ帰ったか! ちょうどよかったな」
彼の父親で、もみじ山神社の神主の紫堂雅俊だ。
「父さん!何だこれ邪魔じゃないかぁ! 早く片付けてくれよ!」
「そう思ったらお前も手伝え。そら、そっちの大荷物からだ」
「はぁ・・、わかったよ」

「それで、いったいこれって何だ?父さん」
「ネット通販で買ったもんだ」
「説明になってないよ! だいたい、うちにそんな金があるのかよ!」
「心配するな、もう振込み済みだからな。気にすることはないさ」
「振込み済みって、貧乏神社のうちの何処にそんな金が」
「本当に必要な時には、ちゃんと金が入ってくる物さ。うちの場合はな。
必要になると思ったから買ったんだが・・、イヤーいい買い物したぞ」
「はあ、そう・・・だな。で、中身はなんなのさ」
若い時はそれなりに整っていたのであろう彫の深い苦みばしった顔に、悪戯っぽい笑みをニヤリと浮かべた。
「中身については・・、ふふ、まあみてろ」
居間に運び込まれた一番大きい白い箱にかがみ込んで、征嵐の父は何かをいじり始めた。
「認証コード・・・0489449829っと。よし」
すると。
バカン。ヴ――ン。
箱の蓋が上に浮くと、向こう側に少しスライドして止る。征嵐は膝を進めると、箱を覗き込もうと身を乗り出した。
そして、征嵐はまたしてもありえない物をみた!
身を乗り出した征嵐の目の前に、箱の中から人の手が突き出されたのだ!
「うわ!!」
驚いて動きを止めた征嵐の前で、箱の中から突き出された手が自ら蓋を押し開けていくのだ。
まるで吸血鬼の目覚めのようだ。
しかし、まもなくそれは間違いであると分かる。箱の中からゆっくりと身を起こした人物は、魔人などではなく美しい少女だったからだ。
年のころは18、9か。背中の中ほどまで伸びた艶やかな黒髪。古典的な美しさと、もっと現代的な躍動感が同居している凛々しい顔立ち。それでいて笑顔が似合いそうな彼女はまさしく・・・・、
「ああ! き、き、君は〜〜!!」
その声に巫女装束の少女が驚いて、征嵐の顔を見返した。
「え? ぁあ、あなたは先ほどの! あの時はどうもありがとうございました。十分な御礼も出来ずに失礼いたしました」
少女は慌ててケースの中で正座しなおすと、ペコリとお辞儀をした。
「い、いや、どういたしまして」
呆然とした顔でお辞儀を返す征嵐であった。



時間は、少し遡る。どこかの会社の応接間らしい場所で、二人の女性が向かい合わせに座っている。  
朝から降っていた雨がやみはじめ、PM3:00の少々暑い日差しの中でお茶会の最中のようだ。
台の上にはショートケーキが乗った皿が一つとカップが二つ乗っている。
かたや、不思議な色合いを纏った銀髪のロングヘアーの女性。清楚な顔立ちだが年齢の特定がし難い。
スカートとジャケットの組み合わせの白いスーツで、その髪同様不思議な雰囲気をたたえた女性である。
かたや、濃紫色の髪をアップにまとめた女性。背の高い身体を地味な事務員の制服に身を包んでいるが、これが派手な顔立ちに見事にマッチしていない。
非常に対照的な二人であった。
そしてその二人の視線は今、テレビに向けられていた。
「それで? 休暇中の現地調査員に今度はどんな無理難題ですか?」
二人が見ていたのはテレビではなく、どうやら通信機のモニターのようだ。
「ふふ、相変わらず口が悪いなイリューシア。そもそも君がそちらに滞在しているのは・・・」
「ええ、もちろん分かっていますわ、親方様。休暇中というのはあくまでフェイク。実際はよろず厄介ごとを処理する・・・でしょう?」
イリューシアと呼ばれた銀髪の女性はそう云うと、カップに入ったコーヒーを口に運んだ。
「今更云うまでもありませんわ。では、きかせていただきましょうか。」
「うん、今度の任務は関東圏で連続して起こっている、古い遺物あるいは骨董品の破壊消失事件の原因究明及び、それが現地人以外の手による物であれば速やかにその原因を取り除く事だ。
現在までの経過は送付したデータファイルを参照してくれたまえ」
イリューシアは眉をひそめた。一言云ってやろうと口を開きかけた瞬間に、今まで何も云わずに紅茶を飲んでいた濃紫色の髪の女性がカップを置いた。
ガチャリと少々乱暴な音が響く。
「ちょっとまってよ。そんなのあたしたちの仕事じゃないじゃない。
そんなの立ち食い蕎麦屋の彼にでも任せとけばいいのよ」
モニターに映る厳しい顔立ちの男の鋭い視線が、不快げな表情を浮かべる女性に向けられる。
地味な事務員の制服に身を包んだ女性は、「何よ」と言わんばかりににらみ返した。
そんな表情だが、少々非人間的までに整った艶やかな顔立ちを逆に魅力的に見せる。
「ふふん、そういうな。これは時空監査部からの意向だ。特に君か、CBDシン君の力が必要なのだ、CBDクロウディア君。
要点は、我々時空渡航者の存在そのものが原因になっているかどうか、だ。」
「あまり大っぴらに調査はできないけど、かなり大きな問題になってると?」
「そうだ」
「なるほど、そりゃあー、あたしじゃなきゃいけないわね」
何気なく右手を胸に当てるクロウディアは、納得した様子でカップを手に取った。
「んー、ぬるくなったわ」
「親方様、もしかして人の手によるものかどうかも分からないのですか?」
銀髪をわずかに揺らしてイリューシアが問い返す。
「うむ、複数の原因が重なっている可能性が高い。人の可能性も、そうでない可能性も、だ」
「私たちが原因だったら?」
「その時は渡航者の数や、やり取りする物資の量の制限をせねばならない。
最悪、本社社長コンビクラスの権限を持ったものの渡航さえも、禁止せざる得なくなるかもしれん」
「なるほど、分かりました。では至急調査を開始いたします」
「うむ、頼んだよ。エンジェルクラスのエースコンビよ」
「あたしは、スペシャルメイドのイリューシアとは違うわ。一般CBDよ!」
とクロウディア。それを聞いてにやりと笑いながら男は通信を切った。
しかし書類上は確かに一般CBDでも、それとかけ離れているのは本人が一番わかっていた。
要するに彼女なりのこだわりだ。
「・・なんだか、気楽な生活を送る為にブラウニーズ・ハイに就職したのに、21世紀もみじ山支社に移ってきてからが異常に忙しいわね」
「あら、後悔してるの、クロウ?なんなら、この仕事が終わったら早乙女倫理研究所との契約を解除してもいいのよ?」
「いや、いいわ、結構面白いもの。まだ、ご主人様といられた頃みたいに。
かなり・・・わくわくするわ☆」
「そう、じゃ早速取り掛かりましょう。その前に・・・これを食べてしまいましょうか♪」
イシューシアはにこりと笑うと、置きっぱなしのショートケーキにスプーンを差し込んだ。
「ん〜〜ん、おいし♪」
クロウディアは立ち上がり、以外に長身な体をイリューシアに向けた。
「じゃあ、あたしは紅茶を入れなおしてっと。どうする? コーヒー入れなおす?」
「私は、いいわ。」
そう云うと、コーヒーが入ったカップに手をかざして熱を加えた。冷め切ったコーヒーがほのかに温かくなる。そう彼女も人間ではないのだ。
彼女たちはサイバドール。遥かな未来に存在する会社、サイバーダイン社が作りだしたアンドロイドの一種である。
どうやら二人とも特殊な仕事に就いているようだ。
二人は、それぞれ温かいコーヒーと紅茶を飲み干して顔を見合わせた。
「さて、それじゃ参りましょうかね」
「OK、クロウ。まず北から攻めていきましょうか」
「とっとと終わらせて、新しいドレスの注文でもしたいわね」
「この前のドレスはどうしたの?」
「・・・・あの戦いでお亡くなりになったわ。ちっくしょー、あの野郎」
「このお仕事でその分取り戻すのね」
「はぁあ、そうねぇ・・・」
立ち上がって歩き出す二人のCBD。もみじ山市の違う場所で、同じ日に何かが動き出した。
そう、何かが。


【コメント】
仕切りなおしの第一話です。クロウディアとイリューシアの出番を早く作りたいなっと(笑)


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