Angel Class Story 枝編断章「境内決闘シーン2/2」


「えーと、とりあえず逃げられないようにしないと・・・」
―スイゼ、アンネ、母屋の物置から針金持ってきて。ジンムはCBDシアを呼んでからすぐに来て―
リンクしている監視ロボットを呼び寄せると、程なくして犬型自律監視ロボットのジンムと、針金の束を引きずった猫型自律監視ロボットのスイゼとアンネがやってきた。手早く賊をぐるぐる巻きにすると眠っている征嵐を優しく背負った。
「ジンム、スイゼ、アンネ、ちょっと見張りよろしく。暴れたらしっかり押さえつけておくように」
今だに木々や虫たちが眠らされた静寂の世界の中を風のような速さで母屋に戻ると、二階の征嵐の部屋の布団の上に横たえた。
「・・・結局・・・、今回は役に立てなかったな・・・」
征嵐の顔を見下ろして小さくため息をつくと、寂しげに立ち上がった。

すぐに賊の所に戻る事にして母屋の外に出ると、CBDシアがいつもどおり自転車に乗ってやってきた。
「ハーイ、こんばんはー・・・あ、あれ?」
「あの・・・、どうかしましたか?」
不思議そうな顔でシズの顔を見るシアに、わずかに戸惑いながら質問を返す。
「私を呼んだのって誰ですか?」
「ジンムに頼みましたが、・・・それが・・なにか?」
「あ、うんうんわかった。ん、なんでもないです。謎は解けました。それで、何があったんですか?結構急ぎの用、なんですよね?」
「はい、実はまたおかしな強盗が襲ってきて・・・、何とか捕まえたんですが・・・、人手が足りなくて。」
「あ、やりましたね!ちゃんとお役に立ってるじゃないですか」
「その、私が捕まえたんじゃないんです。それと、私じゃ良くわからない事があって、できれば調べてもらえればと・・・」
「?? とにかくその強盗のところへ行ってみましょうか」
「はい・・、こっちの方です。」
「そういえば、神主様は?」
「どうしても、抜けられない会合で出かけました。」
「うーん、しかたないですね。じゃあ、アサカイル君は?」
「北海道へ・・・、多分現地で人を借体してラーメンを食べてくるつもりなんじゃないかと・・・」
「相変わらず役立たずの居候、ですねー」
今度はあきれた表情を浮かべるシアをシズは木立の中に案内した。

相変わらず針金でぐるぐる巻きにされたまま転がされている強盗を、軽々とかつぎ上げてシアは母屋のほうに歩き出した。その後ろをほうきと、丁寧にほこりを払ってケースに収めなおしたバイオリンを抱えてシズが続く。
「すると、征嵐君がバイオリンで眠らせて相打ちに持ち込んだん、ですね。」
「はい、私じゃ決着つけられなくて・・・」
「やるなー征嵐君、それって彼の能力なのかな?バイオリンの力なのかな?」
「えと、わからないです。征嵐さんからバイオリンの事について聞いた事ってないですから・・・」
「ふーん・・。ま、それはともかく、そんなに落ち込んでちゃだめ、ですよ! 今回はたまたま条件が悪かっただけですよ。征嵐君がくるまではちゃんと相手をおさえこんでいたんじゃないですか」
「でも、なんとなく手加減されていたような・・・」
「五体満足なら問題なし、ですよ。殺せる時に殺しておかなかったほうが悪いです。それとも、倒されたかったですか?そうじゃないでしょう?今回ダメだと思ったら、次回名誉を挽回できるようにできること全てをやっておくことにしましょう」
「・・・・」
シアがふと立ち止まる。あわてて他のメンバーも立ち止まった。
「いいですか?負ける事は恥じゃありません。恥なのは負けてそのまま立ち上がらない事です。それは、人間もそしてCBDも関係ありません。」
シズは、普段気楽そうな生活を送っている印象の強いシアのあまりに強い口調に、驚いて顔をあげた。
「再チャレンジするしないに関わらず、立ち上がって歩き出さなければ何にもなりません。特に私たちみたいに、面と向かって言われなくても何かをする事を期待されて生まれて来た者達は、ね。そう、思わない?」
シアは顔をシズに向けると、にっこりと微笑んだ。
「は、はいっ、私もう少しがんばってみます」
あまりに愛情深く、魅力的なシアの微笑みにシズは反射的に答えていた。
「OK!! お姉さんに任せなさい!私に手伝える事は出来る限り手伝ってあげるからね!」
―お姉さんって、私たちそんなに設定年齢はちがわないんじゃ・・・?―
そこはかとない疑問を抱くシズの、まだちょっと残っている沈んだ気分を破壊するように、シアは、後ろの方を誰が乗るわけでもなくついてくる自分の自転車「黎泉(れいぜん)」に命令をくだす。
「黎泉!」
「ハッ、ここに」
「BGM! 威風堂々第一番!」
ハンドルの前の空中に出現した小さなスピーカーは、そのままハンドルにセットされ有名な行進曲が流れ出す。
シアと黎泉が行進曲にあわせるように歩き出す。一瞬あっけに取られたシズと、何も言わずについてくる犬型自律監視ロボット「ジンム」が慌てて歩き出した。
CBDシア。相変わらず不可思議なセンスを持つ、奥の深い女であった。


「これは、エンジェドールの体ですね」
「エンジェドール??」
「それってなんなんだ?サイバドールとちがうのか?」
相変わらず針金ぐるぐる巻きのままの強盗を簡単に検分して出したシアの答えに、シズと、ようやく目覚めた征嵐がさらに疑問を上げた。ちなみに賊はさらに薬をかがされて外に転がされたままジンムと黎泉に監視されていた。
「正確にいえばエンジェドールの体をもつサイボーグ、です」
「いや、だから・・」
「まってまって、説明しますね。エンジェドールっていうのは、サイバーダイン社製のCBDによく似た株式会社タロスの自動人形なんです・・・」
シアの話はこうだった。株式会社タロス。創業20年の若い会社でメイやシズやシアたちCBDが過去に送り出されるより20年前、当時リストラされてサイバーダイン社を放り出された社員たちが創った会社だ。
そのためもあって、きわめてCBDによく似た構造のエンジェドール(AGDと呼称される)と呼ばれる自動人形を製作販売している会社で、サイバーダイン社に大きく水をあけられているものの、自動人形業界では第二位の実績を持つ会社だそうだ。
「でも最初からエンジェドールを造っていたわけじゃなくて、人体移植用の人工臓器などを造っていたんです。最初の社長さんがそういった方向の技術畑の人だったから。そんなわけで、タロス社製のボディーが使われたサイボーグは珍しくないんですよ。ただ、普通一般に使われるのは人間の能力を超えないような製品なので、あの強盗さんのようにヒトを超えている場合は、ずばりエンジェドールのパーツを使っていると考えられます。でも、普通には手に入れられません。
簡単にいえば、あのヒトを送り出した黒幕がいますね」
「じゃあ、今回ここを襲ってきたのは、そのタロス社ってことなのかな?」
「いえ、そうじゃないと思います。以前あの会社の内て・・あ、えと、あの会社の資料を見ましたが、わりと優良企業ですから、そんな危ない橋を渡ったりしませんよ。ただし、正規でないルートでエンジェドールのボディーを手に入れる方法はありますし、例外というのもあります」
「えっと、・・・その・・・つまり」
「未来に送り返して調べてみないとなんともいえません、ですね」
きっぱりと言い切るシアに、シズと征嵐は思わず顔を見合わせた。
そんな二人を前に、シアは出されたお茶をおいしそうに飲み干した。

「じゃあ、あの強盗さんは未来に送り返しますね。黎泉!」
「ハッ、では、クロノホエイルに収納後、すグに未来に送リ返しまス」
征嵐たちの目の前で針金ぐるぐる巻き強盗は、光と共に消えうせた。
「あのー、今のは・・?」
シアは、不思議そうにたずねる征嵐を軽い手振りで制した。
「女にはいろいろ秘密があるものなんです。だから、これも秘密ね。他の人にも、ね」
しーっと指を口の前に持ってくるとウインク一つ。
か、かわいい。
はにゃーんとなって思わず何もいえなくなる征嵐を横目に、シアはシズに声をかけた。
「そうだ、忘れる所でしたね。ジンムのプログラム、アサカイル君にいたずらされてますよ」
「えっ!」
「ほら、これ」
「あぁっ!」
シアがシズに携帯のディスプレィを見せた。その画面には・・・、
「シズ危篤、すぐこい」
と表示されていた。シズは思わずジンムに振り向いた。当のジンムは、本物の犬ですといわんばかりに後ろ足で耳の後ろをかいていた。
「あ、あ、あの男はー・・・・」
脱力しまくり状態でふらりとよろけるシズに、既に歩き出したシアが明るく声をかけた。
「じゃあ、おやすみなさーい。用があったら、また呼んでくださいねー」
力なく手を振り返すシズを月の光が照らし出した。既に夜は深くなってきていた。


〜続く〜

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