MISSING WORD 第7話 「それぞれの場所で」 (前編)


マミが早乙女和也の元に行った二日後。卓也はメンテナンス課の“ドクター・ミル”に再び呼び出された。マミの手紙を読んだ時は闘志を奮い立たせた彼だったが、時間の経過と“重い現実”の前にはあの時の気力も萎えかけていた。

「いよいよ今日、査問会ですわね。おやつれのご様子ですけど・・・死刑囚の様なご気分でしょうかね?」
「死刑囚というより一気飲みを強要されている気分だよ・・命を落とすかも知れない危険極まりない行為なのに、座を盛り上げたい一心でみんなそんな事に気が回らなくなっている・・・」
「成る程ね・・では悪酔いしない薬を処方してあげましょうか。良さそうな話と良さそうな話があるのですけど、どちらから聞きたいですか?」

またそれか、と卓也は思った。勿体付けているが、どうせミルは話す順番を既に決めているに違いない。
しかし彼女は前と違って今度は“良さそうな話”と言った・・・。

「・・・じゃあ、最初の方を」
「スイスのクラウドとベリーの事なのですが、二人のウィルスが外部から進入した可能性が出てきました。虫食い状態のメモリーがある程度復元出来たようです」
「ほう?」

ミルはデータ・パッドを手にしてスクリーンに表示される報告書を読み出した。

「サイバーダイン・ユーロからの報告によりますと、クラウドとベリーを預かる老人が買い出しに山を下りている時に、数名の日本人ハイカーが休ませてくれと山小屋に訪れたようなんです」
「あ・・何となく読めたぞ・・すまない、続けてくれ」
「実験中ですから二人のCBDは自分達の素性は隠していましたが、退屈な山暮らしの不満を観光客達にもらしたそうで、二人に同情した彼らはプリペイド方式の無線式情報端末をそこに置いていったんです」
「そして二人はそれを使って、サイバーダイン・ユーロのメイン・コンピュータにアクセスした・・・」
「はい。調査チームが山小屋の物置に隠してあった情報端末を発見しています。その端末からの発信コードもサーバーに記録されていました」
「そういうオチか・・・野生動物の餌付けじゃあるまいし、まったく・・」
「まったく嘆かわしい事ですわね。観光客もそうですが、二人の行為も迂闊でした」
「ああ・・しかし、どうして命令に背き・・そうか! 前兆か? 二人は・・」
「ええ、命令不履行に当たりますね。その可能性はあります。しかし、それについてはまだ何とも・・・もしそうなら、私のウィルス潜在説が正しい事になりますが・・?」
「う、うむ・・だが、もし違うとしたら何故・・・」
「私はこう見てますけど・・・二人に里心[さとごころ]が付いたが故の行動だと・・・。任務で山に住まわされていたとはいえ、二人とも都会に慣れ親しんだCBDだった様ですから。ちまたの最新情報に飢えていたんでしょう」
「サイバドールにも里心、か・・・」
「ま、主任にとっては有利な材料が出来ましたね。ですが私はあくまでウィルス潜在説を前提に解析を進めます。その方がウィルス対策チームとの仕事の棲み分けも出来ますし」
「ああ、そうしてくれ・・・“堤防も蟻の一穴から”ということわざもある・・問題ないと油断した所を突かれるかも知れないしな・・」

卓也はここしばらく頭を悩ませていた懸案の一つから解放されホッとしていた。もちろんウィルス潜在説が完全に否定された訳ではないが、突破口は見いだせたのだ。

「それで、もう一つの話は?」
「数日前、我が社の非常用発電施設内で“不審死体”となって発見されたCBDリーフの事はご存じですね?」
「ああ、痛ましい話だ・・・死因について何か新たに分かったのか?」
「死因は高圧電流による過負荷の為のハードとソフトの損壊・・それは検死報告通りです。今回、それが人間の手によって行われた事が分かりました」
「何!?」
「これを見て下さい」

ミルはそう言ってデスクのモニターに映像データを呼び出した。

「これはそのリーフの行動履歴の映像です・・と言っても事件当時の物ではありません。時刻表示を見れば分かると思いますが、例のウィルス感染の事実が公表される前日の物です」
「データは破壊されていたはずだろう? 何でこんな物が残っているんだ?」
「同型のCBDリーフが持っていたコピーなんです。それも一体だけでなく、社内で稼働中のリーフ全員が持っていました」
「リーフ全員?・・・」

一体どういう事なのか。卓也は面食らった。画面には死んだリーフが所属していた清掃課の詰め所らしい部屋の中が映し出されている。彼女一人しかいないのか、部屋には他にいる者の気配がしない。
画面は静止したままだが、時刻表示のカウンターは回っている。何故リーフは動かないのかと卓也はミルにたずねた。

「どうやら彼女にも前兆が訪れたようですね。仕事をサボっている様です」
「サボってる?・・いや、これも命令の不履行に当たるが・・・こういうあらわれ方もあるのか・・何だ? 誰か部屋に入ってきたぞ」

詰め所の中に二人の男が中の様子をうかがう様に入ってきた。後に続く男が廊下の様子をうかがいながらドアを閉める。
二人は何かをささやき合いながらリーフに近付いてきた。男の一人がリーフに呼びかけるが、彼女は反応しない。ミルは状況を説明した。

「二人はこのリーフが眠っていると思い込んでいる様です。ほら、リーフの目はいつもニコ目と言いますか、笑っている様に細めていますでしょう? それで起きている事に気付かない様です」

そうこうする内に二人はリーフの右手に何かを取り付け始めた。卓也はそれがデータ転送デバイスであるのに気付いた。

「何を始めるんだ? それより、リーフはこんな事されているのにどうして何の反応も示さないんだ?」
「さあ・・サボっているのを咎[とが]められると思って寝たふりしているのか、それとも様子をうかがっているのか・・前兆のせいで無気力になっているとも考えられますが」
「ふむ・・・準備を終えたようだな・・問題は作業の内容だ・・何を入れているのか、それとも読み出しているのか・・・」
「入れているんです、ある命令実行プログラムを。これがそうです」

そう言ってミルは白衣のポケットからメモリー・スティックを取り出した。二日前、リップから託されたあのスティックだった。

「これは同型のリーフがうちの職員を通じてここに届けた物です。中身は機密保護フォルダで封印されていましたが、マザーから解除コードを取得して解析することが出来ました」
「ちょっと待て、解除コードは我々とマザー、双方の合意があって使用認可の下りる物だ。そんな話聞いていないぞ」
「・・マザーは裏技を使ったようですね。処分は覚悟の上だと言っておりました」
「裏技って・・それで通るのなら何でも有りじゃないか・・処分を受ければいいってもんじゃないだろう・・・」
「彼女にとっては手続きよりも問題の解決の方が最優先だったのでしょう。何せ今度の事件は彼女のお膝元で起きたのですから。迷宮入りなど我慢ならなかったのでしょうね」
「・・・それで何のプログラムか分かったのか?」
「サイバーダイン社がCBDのウィルス感染を隠蔽[いんぺい]している・・その事実をマスコミにリークせよという命令です」
「何だって!? 誰がそんな事を!?」
「それにはまず、この二人の素性を説明しておかなければなりません・・マザーの映像解析によると彼らは電算部に所属する派遣プログラマーだそうです」
「あれか・・“上”の意向でリストラが行われ、空いた席におさめられたという連中か」
「あ、ちょっと静かに・・彼らに命令したと思しき人物の名がそろそろ出てきます」

ミルにそう言われて卓也は画面を凝視した。二人の派遣プログラマーはプログラムのインストールを終えたらしく、リーフの手から転送デバイスを外しながら何かを話していた。
その会話の中にある人物のニックネームが出てきたのを卓也は聞き逃さなかった。
姓か名、どちらかならば特定するのは難しかったかも知れない。だがそのニックネームで呼ばれる者はこの会社の中でただ一人しかいなかった。

「どうやらこの方が事件の黒幕のようですわね。今の段階ではまだ決めつける訳にはいきませんが、それでも会話の内容からしてほぼ間違いないでしょう」
「・・彼はマミを糾弾した役員連中の中心人物だぞ。どういう事なんだ?」
「この方も天下り組ですよね? おそらくCBDのウィルス感染が明るみになった時点で、我が社に見切りをつけたのでしょう。5ヶ月前、新東京ジオテック社製の作業用ロボットが多発的に暴走事故を起こしましたわよね」
「そうだ・・あれもウィルス感染によるシステム異常が原因だった・・」
「にもかかわらずジオテック社はウィルス対策を怠った事が露見するのを恐れてリコール隠しに走った・・しかしそれもマスコミの知るところとなり、ジオテック社の株価は急落、ロボットの売り上げも落ちて結局ドール・コム・ジャパンに身売りする事になった・・」
「その事が頭にあったんだな・・外国資本の軍門に下るくらいなら、よそに移った方がましと思ったのか・・・古い連中の考えそうな事だ」
「これは私の推測ですが・・この非常時にそんな理由で我が社を去れば、沈む船を見放したネズミのように思われてしまう・・そこで一芝居打って貸しを作ろうと・・」
「一芝居?」
「ウィルス感染の事実を隠そうとした事をマスコミにリークして我が社を非難の嵐にさらさせる・・そして全ての責任を引き受けて辞職するという形を取る・・見返りに多額の退職金を包ませてね」
「責任ったって、彼の様なポストの者が責任をとっても世間は誰も納得なんかしないぞ。それどころかスケープゴートを立てたとして、会長や社長の立場が余計に悪くなる・・下手をすれば本当に我が社は解散に追い込まれかねない・・!」

卓也は信じられないといった面持ちで頭を左右に振った。立ち位置は違えど、マミの言った通り“敵”は本当にいたのだ。それもよりによってウィルス感染を隠せと言った当人が。

「それで? そのプログラムはいつ実行する様になっていたんだ?」
「役員会議でウィルス隠しが決議された、その翌日の朝です。社長の緊急記者会見が行われた、まさにその数時間後です」

卓也は心臓が冷や汗まみれになる感覚を憶えた。マミの行動と南原の決心が後少し遅かったら、取り返しの付かない事になっていたかも知れないのだ。

「成る程・・マミに邪魔されて退職のシナリオが狂った・・その腹いせに査問会を・・そういう事か!」
「この派遣プログラマー達はこの方の子飼いの様ですね。彼らを送り込んだ人材派遣会社は天下りの“名所”と言われているそうです」

プログラマー達の素性など最早どうでもよかった。卓也は握り拳を何度も太股に打ち付けていた。こんな恥知らずな人間達が身近にいるとは思いも寄らなかった。
おそらくリーフを破壊したのもこの二人に違いない。社内からマスコミに密告させれば、いかにも内部告発があったように見せかけられる。その為に彼らはリーフを利用しようと考えたのだろう。彼らに目を付けられた彼女は不運としか言いようがなかった。
プログラマー達は既に画面の中から消えていた。ミルは映像の再生を止め、卓也に向き直った。

「二人の会話からインストールされたのが時限実行型のプログラムである事を知ったリーフはこの後、自分の体内時計を止めた上でプログラムをメモリー・スティックにコピーしました。機密保護フォルダにおさめられてはいましたが、急ごしらえだった為かコピー・プロテクトはかかっていなかった様です」

そこまで言ったミルは溜息をつき、沈痛な面持ちで話を続けた。

「彼女は同型のリーフ達にメモリー・スティックと自分の行動履歴のコピーを渡し、プログラムを実行しなかった自分は証拠隠滅の為に、最悪の場合破壊されるかも知れないから、その時が来たら信頼の置ける者にそれを解析してもらって真相を明るみにして欲しいと頼んだそうです」
「何故リーフだけなんだ? 他の型のCBDにも伝えようとはしなかったのか?」
「他のCBD達を巻き込みたくなかったのでしょう。リーフが抱え込んだトラブルはリーフで解決すると・・・その判断が正しかったかどうかは疑問ですが・・・」

卓也もまた溜息をつきながらうつむいた。リーフの自己犠牲の精神がただ痛ましかった。卓也は再びあの言葉を思い返していた。
――サイバドールは人間と共にあるものであり、奴隷ではない――。
それはMAID理論の生みの親、早乙女和也の遺したものだった。
彼の遺志をつぎ、自分はサイバドール達を世に送り出してきた。形の上ではそうだったが、果たしてその精神は受け継いでいたか。
“夢”を実現させる過程では決して綺麗事では済まない部分も出てくる。サイバドールの開発には多額の費用がかかり、ビジネス抜きに考える事は出来ない。上からの意向やユーザーの要望におもねった仕事をする事も時には必要になる。
だがサイバドールを必要とする者達は同時に彼ら彼女らを恐れてもいる。サイバドール達は人を越えた力を備えている。力も、頭脳も。だから彼ら彼女らの存在を受け入れるには人間に従うという条件が大前提だった。
ユーザーに安心して使ってもらう為にはそれもやむ無しと卓也はサイバドール達に人間に従属する様プログラムを施してきた。人間に仕え、奉仕し、そして人間の安全を守れと。
だが、これは果たして早乙女和也の望んでいた関係なのか。従属しているという安心感を、人間達はサイバドールは隷属するものだとはき違えてはいまいか。
マミのプログラムを改変した希美、サイバドールに憂さ晴らしの暴行を加える者達、そしてリーフを手駒に使おうとし、罪の発覚を恐れ彼女を“殺害”したプログラマー達と、それを指示したあの男――。
相手が“機械”だからといって何をしていいものではない。
人間に似せて作られたのは身体だけじゃない。早乙女和也は“心”もそうあって欲しいと望んだはずだ。その為のMAIDシステムではなかったのか。
彼ら彼女らの“心”をないがしろにした扱い――サイバドール達がその事に何も感じていないと本気で思っているのか。
卓也はそこまで考えて背筋の寒くなる思いを抱いた。“前兆”はそんな人間達の身勝手さに対するサイバドールの意趣返しではないのか。ウィルスがそのきっかけを作った――。
いや、もしミルの言う様にウィルスがシステムに元々“仕掛けられていた”としたら――。
万が一であってもそんな事があるとは考えたくないが、早乙女和也からの時間を越えたアクセスがあった時期に前後してこの騒動が持ち上がったのは偶然ではないような気がした。
“前兆”がその身に起きた事で、マミは何かに気付いたのだろうか。だから早乙女和也に手掛かりを求めて出かけていったのか。

(あり得ない・・そんな事はあり得ないと思いたい・・だが、もしそうだとしたら・・・人間とCBDの間でこんな状況がやってくるのを見越していたのですか・・“あなた”は・・・)

しかし、この事はまだ胸の奥深くに秘めておこうと卓也は思った。まだそれが真実であると突き止めたわけではない。当面の追及すべき相手は別にいる。
会社がこの騒動で被る被害総額を思えば、この役員のせしめる退職金などほんの端金[はしたがね]だ。そんなものの為にサイバーダイン社は危機に陥れられかけたのだ。

「込みすぎた手口・・そして口の軽い部下を使ったのがこの方の失策でした。もちろんこのリーフの命がけのタフさも大きな要因ですが・・」
「ああ、評判通り、確かにリーフはタフなCBDだな・・」
「ええ、いろんな意味でタフですわ・・・」
「・・・ミル先生、すまないがこの映像とメモリー・スティックの内容を社長に提出してくれないか・・。“彼”には重大な背信の疑いがある・・」
「そうおっしゃるでしょうと思って、既に送っておきました・・・けど“この方”を気遣ってこの情報を握りつぶすようなら、もう我が社はお終いでしょうね・・・何かおかしいですか?」
「フフッ・・いや失礼、マミも似たような事を言っていたものでね・・・」
「まあ、司法の手が伸びたとしても、こういう場合の常としてこの方は知らぬ存ぜぬを貫き通すでしょうね」
「ああ、逆に我が社を訴える事になるだろう。役員を辞して退職金をせしめた上で・・・」
「辞めてもらう事はありませんよ。我が社で飼い殺しにすればいいんです。下請けの会社を、退職金をつまみ食いしながら渡り歩くのがこういう方々の老後の人生設計なんですから」
「穏やかじゃない事を言うね・・」
「終生我が社の役員をやっていただければ、それに見合う退職金が支払われるでしょう。この方の死後にね・・」

口調は穏やかだがミルの言葉には強い皮肉がこもっていた。例え犯罪行為があったとしても証拠が挙がらず、あまつさえ被疑者が事実を認めなければ法の裁きは下らない。むしろミルの言うやり方の方がかえって精神的、物理的ダメージを与えられるかも知れない。
口八丁手八丁の人間には、人生に法的汚点を残すよりも自分の思い通りにいかなくされる事の方が戒めになるはずだ。
相手の尻尾を掴んだのだ。最早ただ黙って詰め腹を切らされる事はない。
いいだろう。自分とマミは好きなように処分させてやる。それで気が済むのならそうするがいい。
だが、そっちだってただでは済まさない。済ませるものか。
ここで働く人々と――そしてサイバドール達を何だと思っているんだ。
卓也の目に並々ならぬ怒気がはらんでいるのを見て取ったミルは話題を切り替えるべきだと判断した。

「まあ、それはそれとして・・査問会の後で下される処分・・あなたのはともかく、マミさんは間違いなく記憶消去とOSの廃棄を命じられると思います。報告書の所見もその方向で書いておきました」
「む?・・・うむ・・」
「初期化の後でOSの再インストール・・後はアップデートのふりをしてマザーからバックアップを落としてもらえれば、マミさんは元通りになります」
「うむ・・え? ミル先生、それは・・・」
「廃棄証明さえ提出されれば会社としても後の事は知ったことではありませんから。彼らにとって重要なのはあくまで手続きだけなんです。それでいいんですよ。ただ、ほとぼりが冷めるまでマミさんは我が社への出入りを控えた方がいいでしょう」
「しかし、それではまるで・・・」
「“禊[みそ]ぎは終わった”・・“彼ら”の常套句ですわね。間違った事をしているとは思いませんよ、私は。“子は親のふりを見て育つ”ものでしょう? “彼ら”がそれを正しいと思っているのならCBD[わたし]達もそれに倣[なら]わせていただきます」

卓也は苦笑いした。確かにミルの言う通りだった。自堕落な若者が増えていると言われてはいるが、それは大人達が襟[えり]を正さず、自分に都合のいい生き方をしている事の写し鏡だった。そんな事にも気付かぬ者達に“今どきの若い者は・・・”と言う資格はなかろう。CBDもまた人間のだらしないところはちゃんと見ているのだ。

「わかった・・正直言って、私もこの茶番に付き合うのにはウンザリしている・・誰にも実害が及ばないのであれば、彼らの“要領のいい生き方”に学ばせていただこう・・」
「マミさん程度ならまだいい方です。実害ならこれから起きる事の方がはるかに問題です。CBDの非能動的な反乱と言ってもいいでしょう」
「反乱!?」

先程の考えていた事を見透かされたような発言に卓也は縮み上がった。ミルはデータ・パッドに新しい報告書の書かれたウィンドウを開いて卓也に見せた。

「これはマザーが前兆の報告から予測した機能停止するCBDの推定数です」
「・・・何て事だ・・こんなに急激に増えるのか? あと数日もしない内に・・マミの言っていた通りだ・・」

確かに“反乱”と呼べなくもなかった。一時にこれほど多数のCBDが動かなくなれば、彼ら彼女らに依存している都市機能は麻痺状態になる。そこにいたる短期間にウィルス撃退法を見つけるなど不可能に思えた。奇跡でも起きない限り――。
顔色を失った卓也にミルは話を続けた。

「それを見せられた時、私つい弱音を吐いて・・マザーに叱[しか]られました」
「叱られた?」
「ええ・・奇跡でも起きない限り、これだけのCBD達を救うことなど不可能だと言ってしまって・・彼女は少し違う考え方を持っていた様です・・マザーは言いました。“人間やCBDの手で起こせる様なものを奇跡とは呼ばない。だから、この事態を解決するのは奇跡であってはならない”と・・・」
「人の手でもたらされた災いは人の手で解決しろという事か・・手厳しいな、彼女は・・・わかった、早乙女卓也、しかと肝に銘じよう・・・」

卓也は十字架を背負わされたような気持ちでデータ・パッドをミルに返した。

「少し気を張りすぎたようですね・・飲み物でもお持ちしましょうか?」
「ああ、頼む・・・」


(後編に続く)


あとがき

ごめんなさい。思っていたより長いパートになってしまいました。
あと一回です。

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