MISSING WORD 第5話 「最後の夜」


時計が午前1時を刻んでも卓也はなかなか寝付かれなかった。明かりを消して以来目をつぶり、しばらくしてから目を開き天井を見つめる事の繰り返しだった。
様々な事が脳裏をよぎる。マミの事。希美の事。ミルの報告書。査問会。倒れ行くCBD達。
卓也は隣で眠るマミの方を見た。そこにいるのは卓也の知らないマミだった。
髪を下ろし、化粧を落としたマミを卓也は一度も見た事がなかった。朝は彼よりも早く起き、夜休むのも彼が床についてからだった。卓也が目にするのは常に身だしなみを整えている彼女だった。
その彼女が今夜初めて素のままの自分をさらした。今生[こんじょう]の別れの前に、ありのままの自分を見て欲しいと言わんばかりに。
マミの寝姿を見るうちに卓也は希美の事を思い浮かべた。

(そういえば、のみちゃんの寝顔も見ないまま終わったな・・・)

短い結婚生活の中で卓也と希美は一度も夫婦の時間を持つ事はなかった。希美が一緒に寝る事を拒んだからである。
希美が語りたがらない彼女の過去にその理由があるような気がしたが、卓也はあえてそれを問いただしはしなかった。
だが――その理由が卓也の想像するようなものであるとしたら何故彼女は結婚に応じたのか、卓也には分からない。
彼女の不可解な部分はそれだけではなかった。10年間卓也とマミの様子を見ると言ったのは文字通り二人を自分の監視下に置く事を意味した。
その為に彼女はマミの行動履歴の提出を求めた。ムンクを通じてそれを行わせたのは外部にデータの受け渡しを悟られないようにする為だった。
卓也にも希美のその行為は嫉妬心から来ていると感じられた。だがそれとマミのOSに細工を施す事にどういう関わりがあるのか。その事実を知った時、卓也はいくら何でもやり過ぎだと思った。
希美がマミの頭の中をいじった事によって卓也は彼女からしばしば手荒な扱いを受けるようになった。天気がいいから早く起きろと布団をひっぺがされたり、ダイエットを兼ねて護身術の手ほどきを強引に受けさせたり。
今夜のマッサージもそうだった。卓也が悲鳴を上げても手加減無用だったのはV−リミッター(暴力抑制回路)が甘めに設定し直されていたからだ。
希美がした事は紛れもなく違反行為だった。卓也が司法に訴えれば間違いなく希美は責めを負う事になる。そんな分の悪い賭けに何故手を出したのか。
マミは希美の真意に思い当たる節がある様だった。しかし何故か卓也にはそれをはっきり伝えようとはしない。

“男もつらいでしょうけど、女もつらいのよ”

マミがその事について口にしたのはそれだけだった。そして命を奪われるわけではないのだから、希美の気の済む様にさせてやれとも。
得心は行かなかったものの、当のマミがそう言うのならと卓也はあえてその事については不問に付していた。
もっとも、マミ自身が希美のした事を許しているのかといえば、そうでもない様だった。彼女は希美を相手にする時はいつも挑発的な態度をとった。
そんな事をすれば火に油を注ぐだけと卓也はたしなめたが、これに関しては自分と希美の問題だと言って取り合おうとはしなかった。
しかし――プライベートなこと故、今まではそれでも問題なかったかも知れないが、査問会の事を思うとそうも言っていられない。
ミルの前ではついとぼけてしまったが、おそらく彼女はマミの直談判とプログラムの改変を関連づけて考えているに違いない。報告書にその事が盛り込まれていればそこに追及の手が及ぶのは明らかだ。
ウィルス感染の事実は公表すべきという立場をとった卓也が、自身の問題について隠し立てをした事は大きな弱みになる。重い処分は免れられないだろう。
だからと言って希美の名を出す事には抵抗があった。いくら彼女に落ち度があるとしても、“何故そんな事をしたのか”と根ほり葉ほり追及させるのは酷な気がした。

(でも・・・悪い事を悪いままにさせておくのも罪だろうな・・・僕はやっぱり甘かったんだろうか・・・)

いずれにせよ、こんな事で現場から遠ざけられるわけにはいかない。ウィルス問題はまだ解決の糸口さえ掴めていない。
天井を見つめていた卓也は再びマミの方を見た。薄暗くてよく見えないが、寝息を聞く限り穏やかな顔で眠っているのだろう。
だが、その胸の内はどうなのか。近い内にウィルスが発症する身である事を承知で彼女は時の向こうの――早乙女和也の所へ赴こうとしている。

(・・・本当にこのままお別れになるのかい? マミさん・・・)

もちろんマミの身体が損なわれる訳ではない。だがウィルスが発症すればマミの記憶は全て失われてしまう。
バックアップを取っておいて修復する事は可能だ。しかしウィルスそのものが存在し続ける限り、また同じ事の繰り返しになる。
卓也の知っているマミは――そして“卓也を知っているマミ”はもう、いなくなるのだ。
そうなる前に手を打たなければ。ウィルスを撃退する方法を見つけなければ。そう思うのだが、しかし卓也は自信が持てなかった。
“現代”のアンチウィルス処理を一切受けつけないあの未知のコンピューター・ウィルスにどうしたら勝てるのか。そもそもあれはどこからやってきたのか。一体誰が仕掛けたのか。
その一方で“ドクター・ミル”の仮説が重くのしかかる。もし本当に彼女の言う様に“ウィルス”と呼ばれる物がMAIDシステムに元々潜んでいたとしたら、そしてそれを取り除くことが出来なければマミに――そしてCBD達に明日はない。
卓也は布団の中で右手を握りしめた。マミが安心を得られたという自分の手――。
その安心を与える相手がマミだけでいいはずはないのだ。



同じ頃、希美は自室のカウチに横になり、酒の入ったグラスを手にしてぼんやりとテレビを眺めていた。深夜番組ではない。前回ムンクが受け取ったマミの行動履歴の映像だった。

『ほぉおおおーーーっ!!』

マイケル・ジャクソンの様な素っ頓狂な掛け声と共にマミはクローゼットらしき暗がりから飛び出した。帰宅したばかりの卓也が廊下の向こうに見える。
マミは一呼吸置いてから――おそらく袂[たもと]から杓文字を取り出しているのだろう――卓也に向かって走り出した。
マミの主観がぐんぐん迫る中、卓也は玄関の傘立てからパークゴルフ用のクラブを抜き出し身構えていた。

『ハイーーッ! ハイッ、ハイッ、ハイハイッ、ハイッ!』

両手に持った杓文字をマミは太鼓を乱れ打つ様に卓也に向けて振り下ろす。卓也はクラブを巧みに使いそれをかわす。
不定期ではあるがマミは卓也にしばしば“奇襲”を掛けていた。一時期、サイバーダイン社の社員やサイバドールが襲われる事件が頻発していた事があった。
道徳的あるいは宗教的な理由によるものと言われたが、実際にそういう名目で狼藉を働いたのはごく一部であり、大半はそれに便乗した憂さ晴らしが目的の不心得者による犯罪だった。
最近はそれ程でもなくなったが、万が一に備えてマミは卓也に暴漢から身を守る為にあらゆる護身術を体得させようとしていた――ダイエット運動も兼ねて。
マミに仕込まれただけあって、卓也の棒さばきは堂に入ったものだった。マミの打ち込みを防ぐだけでなく、マミとの間合いを取る為にクラブを払ったり突きを入れたりもした。マミもそれを紙一重でかわす。
だが組み合いを続ける内に持久力の問題が顔を出してきた。開始後一分を過ぎた辺りから卓也の動きが鈍くなってきた。棒を振るう腕の動きに次第にキレが無くなってくる。
マミはそれでも容赦しなかった。顔には寸止めを掛けるものの、卓也の腕や腹には打ち込みが入るようになる。そのたびに卓也の顔に苦痛が走る。
廊下の端に卓也を追い詰めたマミはここで仕上げに掛かった。逆手に持っていた杓文字を順手に持ち替えようと宙に放り投げる。卓也はそれを見逃さなかった。
ヘッドを持つ手を軸にクラブを振り、宙に浮かんだ杓文字をグリップ部で打ち払う。そしてそのままマミに突きを入れようと踏み込むが、マミは一瞬早く卓也の横に回り込み、もう一方の逆手に持った杓文字を彼の頸動脈に押し当てていた。

「勝負あり・・・」

希美が面白くなさそうにつぶやく。画面の中で卓也は固まったまま肩で息をしていた。

『A〜HA〜? 卓也さ〜ん、あなたもう死んでいるわよ〜?』
『ハァ・・ハァ・・後・・一分・・続けて・・いたら・・本当に・・死んじゃうよ・・・』

卓也はそう言って緊張を解き、壁にもたれかかった。マミは彼の手からクラブを受け取り、玄関に戻って傘立てにそれを入れ、途中で叩き落とされた杓文字を拾いつつ卓也の元に戻った。

『あらあら、その様子だと体中汗みずくね〜』
『キツイってこれは・・寝起きで・・百メートル・・全力疾走・・させられる・・様なモン・・だよ・・』

まだ息の荒い卓也が視界の端に消える。彼に肩を貸したのだろう、ややあってマミの主観は重そうに移動を開始した。

『先にお風呂に入った方が良さそうね。大丈夫ジョブ〜、心臓がビックリしない様にぬるめにしてあるから〜』

「フン・・・ご馳走様」

希美はリモコンを手にしてビデオを止めた。入れ替わりに深夜のテレビショッピング番組が画面に映る。

「ムンクゥ、グラスを片づけて」

希美は残った酒を一気にあおり、グラスをサイドテーブルに置いた。同時にドアが開き、メイド姿の少女がつかつかと歩み寄ってきた。
ムンクは持ってきたトレイにボトルとグラスをのせた後、所在なげにテレビを見ている主人に目を向けた。彼女はためらわずテレビに向かって手をかざし、シグナルを送って電源を切った。

「何するのよぉ・・・」

ムンクを睨[にら]みながら酔った声で文句をつける希美。ムンクはポケットから鎖付きの懐中時計を取り出し、それを水戸黄門の印籠よろしく希美に突きつけた。夜も更けたから早くベッドに入るよう促[うなが]しているのだ。

「ほっといてよ・・しばらくこうしていたいの・・もう休んでいいわよ・・・」

ムンクは何も言わずに懐中時計をしまうとトレイを持って部屋を後にした。残された希美は暗くなったテレビ画面を見つめ続けている。

(いつまでこんな事を続けなければならないのだろう・・・)

卓也とマミの監視――その行為の無意味さは既に希美自身、嫌という程分かっていた。こんな筈ではなかった。こんな気分を味わう為に卓也に“勝負”を持ちかけた訳ではなかった筈だ。
他に頼る当てがなかったから――日本に戻ってきてから卓也の元に転がり込んだ理由はそれもあった。しかし本当の狙いは彼を利用してサイバーダイン社にもぐり込むことにあった。
研究成果を横取りされ、その訴えも退けられた希美の胸の内には怨念しかなかった。自分を足蹴にしたチームリーダーに。彼をかばったドール・コム社に。そして自由をうたいながらその実、力のある者にしか味方しないあの国に。
絶対許さない。必ず見返してやる。その思いを秘めて希美は卓也の元にやってきた。彼の人の良さを利用して報復の足掛かりを得る為に。
端から見れば理不尽な考えだが、希美には卓也に代価を払わせる根拠があった。サイバーダイン社に身を置く彼と電子メールのやり取りをしていた事で産業スパイの疑いを掛けられてしまったのだ。
そんなプライベートな事にまで監視の手が及んでいるとは思いも寄らなかったが、その為にドール・コム社内での彼女の立場は微妙なものになってしまった。八神亜由美――会社に招かれ、希美を連れてきた技術研究員である母親にさえも足を引っ張るなと嫌な顔をされてしまった。
訴訟に敗れたのもその事が一因になっていた。希美にとっては卓也もまた自分の人生につまずきを与えた者の一人だった。
後になってそれは逆恨み以外の何物でもなかったと自分でも思う。何も知らない彼には何の落ち度もなかった。だがあの頃はそうとでも思わないと気が済まなかった。
思惑通り、卓也は希美をサイバーダイン社に誘った。そして――現在に至る。
希美の報復はある程度果たした。それまで日本国内の肉体労働に従事するロボットのシェアの大半はドール・コム社製のアンドロイドが占めていたが、希美が送り出した男性型CBD達によってそれもじわじわと圧迫され、ついには全体の半数を切るようになってしまった。
もちろん残りの半分の中には、その他の会社のロボットも含まれているから男性型CBDだけによる圧勝という訳ではなかったが、アメリカ資本の大企業に一泡吹かせるには十分だった。
だがその一方で個人的な問題が持ち上がっていた。卓也との関係をどうするのか――。
希美の予想に反して卓也は以外にクールだった。学生時代の事を思えばもう少し何らかのリアクションがあっても良さそうなものだった。
彼は自分を女として見なくなっているのではあるまいか。会社内で一目置かれ、余裕を持てる様になった希美はそんな事を考え始めた。
卓也の気持ちを確かめる為に彼女はわざと自分が若い男性社員を喰っているという噂が流れるようにし向けた。さすがにこれは管理職から小言をもらう羽目になったが、卓也が希美とはいずれ身を固めるからとかばってくれた。そして本当に籍を入れた。
しかし応じてはみたものの希美は少しも嬉しくはなかった。気まぐれで夜は共にしないと言ってみたら、あろうことか卓也はそれを鵜呑みにしてしまった。
それだけではない。卓也は何をするにも真っ先にマミに声をかけた。今までの生活を思えば彼にとっては当然の行為であったが、それは妻である希美の前ですべき事ではなかった。
そんな二人のやり取りを見ているとマミの希美への気遣いも白々しく思えた。希美は次第に息苦しさを憶え始め、この家を出ようかと考える様になった。
しかし、卓也は職場では希美の上司である。彼と離婚しても会社では顔を合わせる事になる。だからといって今の仕事を手放したくはなかった。
卓也に“勝負”を持ちかけたのは希美にとって最後通告の様なものだった。自分にマミとの生活を監視されて窮屈[きゅうくつ]な思いを味わいたくなければ自分やマミとの関係を今一度見つめ直せと――。
その事を、しかしはっきり言わなかったのが間違いの始まりだったと希美は思う。期限は10年。今、ようやく折り返し地点を過ぎたばかりだ。
卓也は自分の“のぞき”を意識しているのか、マミと接する時間を極力減らす事に努めている様だった。マミも心得たもので、彼が不用意に近付くと「あらあら卓也さん、希美さんが見ているわよォ」と注意を促した。
卓也とマミが自分の思っているような関係なら、こんな生活に耐えられるはずはなかった。ジャン・コクトーの映画でも、オルフェとユリディスは互いの姿を見ない生活を強いられ、結局破滅してしまったではないか。

(何故あなたはくじけないの・・・)

最初の頃は提出されたマミの行動履歴を食い入る様に見ていた。マミが事あるごとに「この間のビデオ見た?」と突っ込んでくるからだ。しかし、だんだん面倒くさくなり、ムンクに命じて卓也がマミに接近した部分だけをピックアップさせる様になった。
しばらく見ているうちに、卓也がマミに近付くよりもマミが卓也に近付く事の方が多いのに気が付いた。そしてその場面は決まってマミが卓也を荒っぽく扱うところだった。
マミが自分のプログラム通りに動いている。そう思うと少しだけ溜飲[りゅういん]が下がった。しかしそれでも卓也は音をあげない。あくまでも希美の仕掛けた勝負に付き合うつもりの様だった。
こんな関係を続けるのは本意ではなかった。しかし今更後戻りは出来ない。自分から折れるのは負けを認めるようなものだった。そんな事をすれば今までの我慢は全て無駄になってしまう・・・。
最後にあおった酒の酔いのせいか、急激に睡魔が襲ってきた。カウチからだらりと腕が落ちる。
ややあって再びドアが開いた。ムンクは希美の元に来ると落ちた腕を戻し、持ってきた毛布を身体に掛けた。そしてみじめさの浮かぶ主人の寝顔をしばらく見つめると、やはり何も言わずに部屋を後にした。



「ぐえっ・・!」

身体に名状しがたい重みがかかるのを感じて卓也はうめき声を上げた。金縛りかと思い、夢うつつの中で手足を動かそうとすると重みはスッと消えた。
何だ?――卓也は目を覚まし、暗い部屋の中の様子を探ったがもちろん何も見えない。

「常夜灯」

卓也が天井灯に呼びかけると、部屋の中は薄暗い山吹色の明かりに照らされた。卓也は真っ先にマミの方を見た。彼女の布団はもぬけの殻だった。

「マミさん・・・?」

卓也がそう言った時、背後からドスンと大きな音がした。振り向くと壁の下にマミが寝転んだままうずくまっていた。
さっきの重みの正体はマミであると卓也は直感した。どうやら寝返りをうちながら彼の身体を乗り越えてそのまま転がり、壁に激突したらしい。

「何だかなぁ、もう・・・マミさん、マミさんてば」

布団を抜け出してマミの所へ行った卓也はそう呼びかけながら彼女の身体を揺すった。しかしマミはなかなか目覚めない。
平素、夜中にたびたびマミが起きてきて卓也の様子を見に来る事は彼も知っていた。そして彼女は掛け布団を直しながらこう呼びかけるのだ。

“あらあら、卓也さんたら寝相が悪いんだから・・・”

「(全く・・・寝相が悪いのはマミさんの方じゃないか・・・)ちょっとマミさん、布団に戻らないと」

再三の呼びかけにもマミは反応しない。起こすのを諦めた卓也は彼女を布団まで運ぶことにした。
男ならこういう場合、女性を抱え上げて連れていくべきところだろうが、マミの身体は大柄なアメリカ人女性を模している上に、その体重には“CBD割り増し”が付く。
腰の状態の事も考え、卓也はすまないと思いつつ彼女の両手を掴んで布団まで引きずっていった。
マミを寝かせ、掛け布団を掛け直した卓也はやれやれといった表情で彼女の寝顔を見つめた。

(こんな事じゃ和也殿も思いやられるだろうな・・・あれ? そういえばマミさん、向こうへ行ったら何処で寝るつもりなんだ? まさか一晩中起きてる訳にもいかないよな・・・)

サイバドールといえど、休眠を取らないと身体とCPUが持たない。その事は過去の稼働データが証明していた。ミルの事を引き合いに出すまでもなく、人間が睡眠を必要とするようにCBDも精密なハードウェアとソフトウェアを維持していく為には“眠る”事が必要なのだ。
しかしここで問題なのはマミが何処で眠るつもりなのかという事だった。
和也の部屋にはメイがいる。そこへマミが押し掛けたらどうなるのか・・・。
卓也は知らなかったが、実のところメイは等身大になってからアパートの階下に住むCBDケイの部屋で寝起きする様になっていた。和也の経済的かつ道徳的な理由による処置だった。

(まぁいいか・・・和也殿が私の見立て通りの方なら、そうそう問題も起こらないだろう・・・)

卓也がそう思いながら自分の布団に戻ろうとした時、後ろから布団をはね上げる音がした。
えっと思って振り向くとマミが彼の上にのし掛かってきた。

「うわっ・・マ、マミさん?」
「あらあらぁ・・・卓也さんたら・・寝相悪いんだからぁ・・・」

寝ぼけた声でそう言いながら、マミはブルドーザーの様に卓也を彼の布団の上に押しつけた。彼女の胸の感触が寝間着越しに伝わってくる。

「風邪ひくわよぉ・・・」

ふやけた微笑みを浮かべながらマミは身を起こし、タオルケットと掛け布団を掛け直した。卓也がちらと目をやると乱れた裾から白い内股がのぞいていた。

(見ちゃ駄目だ、見ちゃ駄目だ・・・)

卓也は固く目をつぶり、嵐のような時間が過ぎ去るのを待った。

「・・ふふ〜ん・・・」

やがて鼻で笑うのが聞こえ、続いて衣擦れの音がした。卓也がそっと目を開けるとマミが四つん這いになって自分の布団によたよたと戻るのが見えた。
彼女が布団にもぐり込んだのを確かめてから卓也はつめていた息をゆっくりと吐き出した。
さすがに今の“奇襲”は応[こた]えた。起きている時間に彼女と接触するのとはまるで違っていた。
彼女が機械人形だと分かっていても、あの感触、体温、息づかいは生々し過ぎた。

(自分で言うのも何だけど・・・人間に似過ぎさせるのも考え物かも知れないな・・・)

落ち着かない気分のまま卓也はそんな事を考えていたが、マミのつぶやき声を聞いてハッとした。思わず彼女の方に目をやる。マミは卓也に背中を向けて寝ていた。
寝言なのか、実は起きていてわざとそう言ったのかは分からない。
だが、彼女ははっきりと分かる声で「バカ」と言ったのだ。


(続く)


あとがき

事後承諾になってしまいますが、「マミさんは寝相が悪い」「メイはケイさんの部屋で寝起きしている」という設定は邪馬人さんの作品から引用させていただきました。この場を借りてお詫び申し上げます。
今回の話を読んだ方々が当然抱くであろう疑問――「希美とミルってキャラかぶっていない?」。
そうですね。作品を書く前から自分でもそう思っていました。内容のことを考えると、ミルのエピソードを削るべきではないかと真剣に考えていました。
ただ、似たような部分はあっても二人が辿ってきた道は別々のものだし、希美にもミルにもそれぞれ作品の中での役割がある訳で、ご指摘を受けるのを承知の上であえてそのまま盛り込みました。
とは言うものの、自分でももうちょっと差別化できなかったものかなとは思っているのですけどね。


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