FACE TO FACE 第11話(前編)


早乙女和也はCBDメイを受け取ってからクーリング・オフ期間を過ぎても代金を支払わなかった。
正確に言えば支払いようがなかったのだが、それはサイバーダイン社の知るところではない。
規約によりメイは回収される事になり、まずCBDサラが差し向けられたがそれは不首尾に終わった。
続いて強制回収の特務エージェントとしてCBDレナとCBDケイが送り込まれたが、両名とも個人的理由により職務を放棄し早乙女和也の元に居着いてしまった。
結局CBDメイはサラによる最後通告を経て無事回収されたのだが、その後サイバーダイン社上層部の意向と早乙女和也の再オーダーによって1/6から1/1にサイズ変更され、再び彼の元へ戻っていった。
それと前後して23世紀に起きたサイバドールの機能不全の続発。それは20世紀の早乙女和也の元にいるCBD達にも波及した。
原因は正体不明のコンピュータ・ウィルスによるものだった。解決の糸口を持つのはウィルスの感染を免れているCBDメイだけだった。
早乙女和也とその周りにいる者達の尽力により、ウィルスは撃退された。メイのシステムを通じて作られたワクチンにより、23世紀のCBD達も回復する事が出来た。

これが百数十年間にわたって隠し続けられた早乙女和也の秘密の核心部分だった。
マジックの様に、種を明かせばどうという事はないーーしかし、だからこそ未来の人々、とりわけサイバーダイン社の者達には知られる訳にはいかなかった。
早乙女和也が若い頃、複数のサイバドールが彼の元にいた事。
彼のサイバーダイン社へのアクセスが23世紀のウィルス事件のきっかけを作ってしまった事。
サイバーダイン社社長の祖先でもあるその友人、南原耕太郎がウィルスを作った張本人である事。
いずれもウィルス事件が起きる前に明るみになれば早乙女和也に対して不信感を抱かせかねない事実だった。
それらを鑑[かんが]みて、早乙女和也の素性を秘匿しようと考えたのは彼の元にいたCBDケイだった。
もちろん、早乙女和也の元にきて間もない頃のケイではなく、もっと後の時代のケイである。
23世紀に於いて、早乙女和也の素性を隠している存在があるという噂は彼女も知っていた。
事実であればそれが個人か団体かは分からないが、21世紀にいればその存在の活動が掴めるかも知れない、もしかしたら何らかの形で早乙女和也に接触してくるかも知れない。
そう思って彼女は何年も辛抱強く様子を見ていたのだが、その存在が姿を現す事もなく、活動している兆候も見られなかった。
ケイはその存在が現れるまで自分なりに早乙女和也に関する情報をキープしておこうと考えた。
手助けという訳ではなかったが、ぐずぐずしていると早乙女和也に関する情報が散逸して手に負えなくなる可能性が出てきたからだ。
写真や文書、学校に残されている記録、インターネット上にある彼の情報など、確認できたものは片っ端から手元にたぐり寄せた。
ときには卒業名簿の回収や差し替えといった荒っぽい事もやってのけた。
そんな事をしながらさらに時を重ねたが、それでもその存在は現れなかった。
やがてケイは、自分のしている事がその存在の活動そのものに他ならない事に気付いた。何年待っても誰も現れないはずだった。
その時が来るまで早乙女和也を謎の人物に仕立て上げていたのが自分であるとは夢にも思っていなかった。
しかし、ここまできたら後へは引けない。ケイにとって23世紀は不確かな未来ではなく、自分のいた"現在"だった。
その時代の"歴史的事実"を違[たが]える訳にはいかなかった。
それからの彼女は南原グループや極楽院グループの力を借りて早乙女和也の素性を示すものの収集につとめ、最終的には極楽院グループ傘下の『ハイランド・セキュリティ・システムズ』に情報の管理を任せた。
更に未来からの調査の手が及ばないように、時空管理局の『U−ファイル』に早乙女和也の名を盛り込む事を画策した。
無論、彼女自身が赴く訳にはいかないので、『ハイランド・セキュリティ・システムズ』を通じて敏腕のネゴシエイターに依頼し、『U−ファイル』準備委員会に交渉させた。
『U−ファイル』は実際の所、かの超大国が過去にしでかした不始末や歴史的疑惑の調査を封じる為に設定させたものだった。
当然ファイルの内容はその国の歴史にまつわるものが多い。他国の事項はあくまで不信感を持たせない為のカムフラージュに過ぎなかった。
そういう背景があるから準備委員会は難色を示したものの、ケイが用意した交渉を有利に運ぶ材料とネゴシエイターの腕によって、早乙女和也の名は『U−ファイル』に登録される事になった。

後にーー早乙女和也は秘匿工作に東奔西走するケイに訊ねた事がある。
ウィルス事件の真相を知っているのは10名の人間とCBDだけである。それを隠す為の工作にしてはあまりに大げさではないかと。
ケイは、"木の葉を隠すなら森の中"ということわざを引用した上で本心を打ち明けた。
自分が隠したいのはウィルス事件よりもむしろ、自分達CBDが早乙女和也の元にいる事だと。
とりわけ自分とレナは会社の命令に背いて彼の元に留まった。それが未来に伝わればサイバーダイン社で大問題になるのは目に見えている。
ひいてはそれが他のケイ・タイプやレナ・タイプの不当な評価にも繋がりかねない。
早乙女和也を想うが故に取った行動を、事情を知らない者達に「異常事態」だの「悪しき前例」だのといった扱いを受ける事は、自分には我慢ならないのだと彼女は言った。
それでなくとも彼は長きに渡ってCBDと共に暮らしている。女性型CBDにある機能を思えば妙な勘ぐりもされるだろう。
俗っぽい想像しか出来ない者達に真実を伝えても意味はない。彼の全てを謎のベールに包んでおけば未来の者達にそれなりの夢や幻想を抱かせておける。
どのみちウィルス事件が起きた後は、あの頃の自分達の状況も明るみになる。事態の検証をさせるならそれからでいい、と。

(本当にそれでいいんだろうか? 未来に何が起きるか分かっているのなら、他にすべき事があるんじゃないだろうか?)

ケイの話を聞きながら早乙女和也そう考えていた。
未来は自分の意志次第で変えられる、というのはよく使われる言葉である。
しかし、目の前にいる"確定した未来"の事を思うと何も言えなかった。


そして、時は流れーー。


「ほらトビー、そっちの足持って」
「OH〜ベリーへビィデェ〜ス、何でアマゾナこんなに重いデスカ〜。回収する時の事も考えて設計して欲しいデェ〜ス」
「弱音を吐かないの、男でしょ」
「それセクシュアル・ディスクリミネイションね。男でも弱音吐く時は吐きマ〜ス」

ミチはトビーを伴[ともな]って、CBD回収の為に女子プロレスリングが興行されている、とあるイベント・ホールに来ていた。
リング下にたたき落とされてダメージを受けたレスラー型CBD・アマゾナ(リングネーム/ストーム・フジヤマ)をトランスポーターに収容すると、二人は会社への帰路に就いた。

「どうリップ、お客さんの具合は?」

ミチは運転しながらカーゴ・ルームでアマゾナの状態をチェックしているリップに訊ねた。

「首と両肩のフレームの損傷がひどいな。修正に一苦労しそうだ・・・ったく、でかく作れば自重で自滅するってのは分かってるはずなのにな」
「ミチサンより頭二つはハイトありますからネー」
「迫力を出す為とはいえ、何か気の毒よね」
「こいつをぶちのめしたレスラーってサラ・タイプだってな。あいつを怒らせたら、俺もこんな目に遭わされたかもと思うとゾッとするよ」
「そのサラはどうなの? 連絡とかしている?」
「俺みたいなペーペーに"長距離"なんてそうそう掛けられないよ。たま〜に向こうからの電話は来るけどな。まぁ、こんなもんだろ。恋人達は時間と距離に負けるのさ」
「あっさりしているわねぇ・・・」
「"普通"に戻っただけさ。人間に仕え、奉仕するのが俺達の本分だ。フラレ男になるより、ウィルス喰らっておシャカになる方がよっぽど不名誉だよ」
「それもそうね」

例のコンピュータ・ウィルスによって、ここにいる3名も機能不全に陥る羽目になった。
機能停止には至らずに済んだもののウィルスの影響によるものか、ミチの中の秘密保護プログラムによってブロックされた記憶のいくつかは彼女自身にも読み出せなくなってしまった。
人間でいう部分的な記憶喪失になってしまったのである。ただ、普通に仕事をしている分には不都合はない。
幸か不幸か、サラが20世紀へ向かったあの夜の記憶は思い出す事が可能だった。
事件の後、サラは連絡係として20世紀の南原耕太郎という人物の元に出向していった。
その南原耕太郎こそ、あの報告書に出てきた"早乙女和也の身元保証人"なのだが、ミチはまだその事を知らない。
あの事件以降、サイバーダイン社はCBD達の機能不全によって生じた社会的混乱の事後処理に大わらわだった。
メイン・コンピュータや高速演算型CBDを総動員しての、CBDを雇用していた企業による補償請求への対応や、ワクチンが間に合わず機能停止したCBDのリカバリーの為に生じた負担費用の算出は一年近くたった今も続いている。
上層部では責任問題でいまだにもめているが、ミチは取りあえず会社が存続していてくれればそれで良かった。
これほどの大問題が起きても、この時代の人間社会はCBDを必要としていた。
ときに"悪魔の発明"とそしられてもその命脈を保ってきたのは、CBDを働かせ、人間同様に賃金を支払い、その上で人間より高い税金を納めさせるという運用方法が見いだされればこそだった。
そうした経済的依存の事を思えば、経営者が変わっても会社は潰れることは無い、いや、無くあって欲しいとミチは願っていた。
ミチにはまだやりたい事があった。
いつかは自分で早乙女和也の所へ配達に行きたいと。
実のところ、半年ほど前にも彼宛の配達の仕事があった。
今度は課長も彼女に任せてもいいと言ってくれたのだが、彼女の方から断った。
どうせ行くなら手ぶらでは行きたくない。ミチは自分の折り紙の腕前をアピールしたかった。
サラを含め、現在早乙女和也の周りにいるCBDには芸術的素養を示す者はいないと聞く。
この時代に於いても芸術家肌のCBDはあまりいない。人間達もその分野は自分達の仕事だと思っている。
早乙女和也が折り紙を芸術だと認めてくれるかどうかは分からないが、彼のMAID理論の申し子達の中にそういうセンスに目覚めたCBDもいるという事を見せたかった。
その為にも、もっと折り紙の腕を上げておきたかった。彼をあっと言わせる様な作品をものにした上で彼の元に赴きたかった。
サラがアームストロング船長ならば、自分はジョン・グレンーー老いた身で宇宙[そら]へ上がった最初の宇宙飛行士ーーを目指せばいいとミチは思っている。
アメリカには"最後に咲く花が一番大きくひらく"ということわざさえあるのだから。


そのサラはといえばーー。


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