FACE TO FACE 第10話


サラがゴロゴロと荷物運搬用の台車を押して配達員の詰め所のドアを開けると、中にいたCBD達が一斉に持っていたコーヒーカップの中身を彼女に向かってぶちまけた。

「わっっ! 何すんじゃ!?」

驚いて後ろへ飛びすさったサラだが、カップの中身は紙吹雪だった。

「お帰りなサイ、サラサーン!」
「待ってました、"一番星のサラ"奇跡の生還ー!!」
「ねぇー、これお土産ー? お土産ーぇ?」
「ねぇ、早く見せてよ見せて!」
「アンタらねぇ・・・」

労をねぎらうよりも先に、台車に載せられた土産物に群がるCBD達にサラはあきれた。

「ン? 何か臭うよ」
「・・そうデース、何かクサいデース」

青い髪のサラとトビーがクンクンと鼻をならし、サラの方に向いた。二人のランもサラに顔を向けた。

「ねぇーサラァ、あんたから臭ってくるよー」
「ホントだサラ、何の臭いよ」
「まだ臭うかい? 変だねぇ・・口臭消しのカプセル10粒くらい呑んだんだけど、効いてないのかねぇ・・・」
「もしかしてラーメン食べてきたから? 本物のラーメンて、そんな臭いがするの?」
「OH! そンな食べ物ノーサンキューデース」
「いや、らうめんの臭いじゃないよ。らうめんの中に入っているにんにくってのが臭うんだよ。それよりこれ、テーブルの上に上げてよ」

サラとCBD達は台車の上のコンビニ袋ふたつと10キロ入りの米袋ひとつをテーブルの上に移した。

「えっと、まずトビーね。見ればわかると思うけど、この米袋はあんたに頼まれたやつね。あんたの言っていた『ふさおとめ』って、季節限定商品なんだって。無かったから代わりに『魚沼産のコシヒカリ』ってのを買ってきたけど、これでいいでしょ?」
「OH! ウオヌーマ! ノープロブレムね。憧れてたヨ、アーリーコシヒカリ・・」
「それからこっちのチョコレート関連はあんたのね。アーモンドチョコにマカダミアナッツチョコにチョコポッチーにチョコパンにチョコビスケット・・ほれ、全部持ってけ!」

サラは青い髪のサラの前にチョコレート製品をドカドカと積み上げた。

「スッゴォォーイ! ねぇ、これみんな本物だよね? 本物の天然カカオが入ってんだよね?」
「箱の裏見りゃ書いてあるでしょ・・そんでこれがあんたに頼まれていた本・・『月刊サラダボーイズ』と小説『愛してんだろっ』全3巻・・だよね?」
「そうそう! へー、ホントに手に入ったんだ・・古本屋の奴は高くて手が届かなくて・・わ! 見て見て奥付! 初版だよ初版! 信じらんなーい!!」

小躍りするセミ・ロングのランの横でソバージュ・ヘアのランも期待に目を輝かせていた。

「ねーねー、あたしの頼んだ本はー? どこなのよー?」
「ああ、それなんだけどね・・・」

ソバージュのランの問いにサラは皆の前で急にかしこまった口調になった。

「ランちゃんの希望した『月刊色男』と『劇画・漢[おとこ]番外地』なのですが・・『月刊色男』は持ち込み品検査で引っかかり、あえなく没収となりましたー!」
「えー!? 何でぇー?」
「検査官が言うには公序良俗に反する内容だからだって。まぁねー、むくつけき男達が玉の汗光らせて見つめ合っていたり、刺青してたりする写真が載ってんじゃねー」
「じゃあー、何でそっちの本はクリアできたのよー」
「へへん、あたしのは小説主体だもん。内容のチェックまではしなかったんでしょ」
「えー、それとね、『漢番外地』なんだけど・・あんたが言ってたのと違う感じでしょ? 本屋の店員に聞いたら3ヶ月前に紙面刷新で"いかつい男向け"からそっちのランの様な"ボーイズラブ系"の本になったんだって」
「そーいえばタイトル・・・『男のコ番外地』になってるー・・・」
「せっかくだから読んでみなよ。さらさらっとした男の子可愛いよ〜。汗くさいマッチョよりずっといいヨォ。ねぇサラ?」
「いや・・・あたしにはよう分からんわ」
「やだやだ〜筋肉がいいの筋肉が〜。六つに割れた腹筋がいいのよ〜」
「いいからそれで手を打ちなさいって。えーっと後は・・・」
「サラ! 戻ってきた!?」

ドアを開けてミチが勢い込んで入ってきた。その後に課長が続く。

「ああミチ、あんたにも買ってきたよ。ほら、向こうの時代の折り紙と髪留めの輪ゴムね・・あんたからは頼まれてないけど、日頃世話になっている先輩へのあたしからのおごりだよ」
「あ、ありがと・・・それより彼は!? 早乙女和也はどんな人だったの!? 見せてよ!」
「??・・いや、それがね・・あんまりよく見てないんだわ・・・課長にジロジロ見るなって言われてたからさ・・・」
「そんな・・・」

ミチはムッとして思わず課長の方を振り向いた。課長はバツが悪そうに苦笑いしてうなじを掻いている。

「あ、でも声は記録されてるよ。聞いてみる?」
「き、聞きたいわ! 是非聞かせて!!」

肩を掴んで揺さぶるミチに圧倒されそうになりながらもサラは手の平を彼女に差し出した。

「じゃ、手を・・データ量軽いはずだからそのまま送るよ・・・」

合わせた手を通じてミチの中に早乙女和也の声が流れ込んできた。

"あ・・・は、はい"
"え? ああ、ハイ"

これだけだった。今度はサラがバツの悪そうな顔になる。

「あら〜・・・何か思っていたより喋っていないねぇ・・・ごめんね、こんだけしか無いんだわ。でも何でこいつの・・・ちょっとミチ?」
「・・・早乙女・・・これが・・早乙女和也の肉声・・・」

そう言いながらミチは顔を上気させ、そのまま失神して倒れてしまった。

「ちょ、ちょっとぉミチ!! 大丈夫!?」

驚いてミチの上にかがみ込むサラ。課長もその上からミチの顔をのぞき込んだ。

「聞いただけでイッちまう声だってか? 女殺しだな早乙女和也は・・・おい、誰か再起動してやんな」
「あ、課長」
「ご苦労だったな一番星。まぁ、こっち来いや」

ミチを取り囲むCBD達を抜けて二人は部屋の隅へ行った。

「どうだ? 例のモノは」
「ハイハイ、ちゃんと手に入れましたよ〜」

サラは課長と抱き合うかの様に立ち、ジャンプスーツのジッパーを下ろして胸元からニコチンとタールの入ったご禁制の品を取り出した。

「おい、一個だけかよ」
「これだけでも大変だったんですよ。行動履歴に残らない様に自動販売機に背中向けて手探りで買ったんですから。でもこれ"本物"ですからね。やりすぎると体壊しますよ」
「そんな無茶はしねぇよ。それよりおめぇクセェぞ・・・これ、にんにくの臭いか?」
「あ、わかります? でもね、これのお陰で保安部の麻薬犬の鼻を誤魔化せたからコレ持ち込めたんですよ。まぁ、そうするつもりで"にんにくらうめん"食べた訳じゃ無いんですけどね」
「ふん、ケガの功名って奴か」
「へへへ・・・ほら、早くしまって・・・でも保安部って言や、あいつら様子おかしかったんですよね・・・」
「何がだよ?」
「いえ・・いつもなら持ち込みや持ち出しのチェックをしてから行動履歴の提出を求めるのに、今日は戻ってきたらいきなり履歴のデータよこせって言ってきたんですよね・・・まぁ、その・・別に"ヤバい事"した訳じゃないし、黙ってコピー取らせましたけどね」
「ほぅ・・(臭うな)・・・」

行動履歴とはCBDの目を通したリアルタイムの画像データであり、文字通りCBDの行動をチェックする為のものである。
以前は過去に送り込まれたCBDが"不手際"や"不正な使われ方"をしていないか確認する為に使われていたが、現在ではむしろ可能な限りCBDを自由に行動させその時代の生活風俗を記録する事に重きを置いていた。
こうする事で航時装置開発以前の時代への調査の手間を省けるからである。
もっともCBDに過去の人間の生活圏をぶらつかせたところで得られる情報はそれ程多いわけではないし、今回のサラの様だとその記録内容は極端に限られる事になり、その有用性を疑問視する向きもある。

(それでも泡食ってサラから情報を取り出したって事は、上の連中も相当気にしてんだな、早乙女和也の事・・・)

しかし興味はあるものの、今ある以上の情報が課長の手に入るわけでもなく、むしろ深入りすれば危険が迫る可能性もある。
家族のある身であり、スパイでも探偵でもない自分がそこまでして危ない橋を渡る理由はない。
素性の怪しい仕事の情報をリークさせるのも、負いたくもない責任を負わされるーー例えば密輸や横流しや、誰かを失脚させる為の手駒に使われるーー羽目になるのを避ける為にやっている事だ。
難しい話はそれ相応の給料を手にしている連中にやってもらうのが筋というものだ。

「ま、気にすんな。おめぇは"ヤバい事"は何も履歴に残してねぇんだろ? なら胸を張ってりゃいいんだよ。そんな事より、受領書はちゃんともらってきたんだろうな?」
「ハイ?」
「受領書だよ受領書。受け取りのハンコは貰ってきたのかってよ」

その言葉を聞いてサラの顔から音を立てて血の気が引いた。

「おめぇ、まさか・・・」
「あ・・ははは・・・・・わ・・すれま・・した・・」

入れ替わりに課長の顔がみるみる赤くなった。

「バカヤロー!! てンめぇ、いつぞやのトラブルを忘れた訳じゃあんめぇな!? また代金踏み倒されそうになったらどーすんだよ!!」
「い・・いえ、でもそんなにワルい奴には見えませんでしたよ、早乙女和也って・・・」
「おめぇさっきツラ見てねぇって言ったじゃねぇかよ奴の。・・・よしわかった。期日までに入金がなかったら、おめぇ取り立てに行けよ」
「え〜〜、また向こうに行かなきゃな・・・あ、あの、ま、また向こうに行ってよろしいんですか!?」
「おめぇの方が勝手が分かってるだろうがよ」
「かっ、かしこまりました・・・やたやたっ! またらうめんが食べられる・・お金下ろしておかなきゃ・・でも足りるかなぁ? そうだ課長、出張扱いなら食事代は経費で落とせますかねぇ?」
「知るかよ俺が! 経理の奴と相談しろ!!」

課長の怒鳴り声が詰め所内にバンと響きわたった。サラは小さく悲鳴を上げたが顔は緩みっぱなしだった。



「う〜ん・・・これだけなのか・・・」

サイバーダイン社内の深奥部に"エムズ・ルーム"と呼ばれる部屋がある。
以前はレクリエーション用のホログラム・ユニットとして使用されていたが、この部屋を造らせた主ーー平たく言えばこの会社の社長なのだがーーが飽きて滅多に使われなくなった為、CBDマザー導入と共に彼女専用の部屋として改装されたのである。
メイン・コンピュータのインターフェイスという運用上の理由ゆえに、社外に出る事の叶わない彼女の為にこの部屋の機能は活用されていた。
現在のこの部屋は"どこかの山奥にある湖"という設定になっていた。
そのほとりにあるコテージのテラスにマザーはいた。
背中にある翼の付け根に干渉しない様に背もたれの両脇を切り欠いた専用の椅子に座り、マザーは満月の映る夜の湖面を見つめていた。
彼女の翼の一部は細長くのびてコード状に変形し、その先端は彼女の傍らに立つ人物の腕に装着されている小型コンピュータに接続されていた。
ヒーロー番組から抜け出てきた様な特殊メタリック・スーツに身を包んだその人物は、落胆したように先の一言を呟いた。
彼がマスクのモニター・スクリーンに映していたのはマザーによって解析、編集されたサラの行動履歴の映像データである。
マザーにピックアップさせたのは早乙女和也が映っている部分だった。
だが記録されていたのは10秒足らずの映像。しかも肝心の顔が映っていない。
マザーは早乙女和也の声が62パーセントの確率で彼の20歳の頃のサンプル音声と一致すると付け加えた。
彼女の気遣いに礼を言いながらも、それだけでは話にならないと彼は思った。
"血縁者"だから声が似ているというだけでは、映像の人物が早乙女和也である確証は得られない。
月明かりが二人を照らし続けている。

「どうすべきだと思う?」

彼の問いかけにマザーは彼の方に向き直って言った。あなたのその目で確かめるしかない、と。

(やはり自分で行くしかないのか・・・時空管理局にはどういう口実で申請したらいいものかな・・・)

ややあって彼はマザーに接続を外す様に言った。腕のコンピュータからコードが抜け、翼に戻っていく。
このメタリック・スーツを着用していたのは、外部からの干渉を受けずにマザーと会話する為だった。その為にマザーは椅子の基部にあるコネクタからも翼のコードを外していた。
マザーとの接続を絶ったのは、彼女も知らない彼だけの秘密を確認しようとしたからだ。
彼はスーツの隠しポケットからメモリー・スティックを取り出すと、コンピュータのスロットに差し込みパスワードを入力した。
モニター・スクリーンに映し出されたのは4年前、『ハイランド・セキュリティ・システムズ』を通じて彼宛に送られてきた早乙女和也からのバースディ・カードだった。
真空ポーチに納められていた封筒には青年時代の早乙女和也の写真と共にこんなメッセージが入っていた。

"初めまして・・・やはり、そう言うべきでしょうか。
御誕生日おめでとうございます。
プレゼント代わりといっては何ですが、そちらでの近い将来、私の方から何かのオーダーが行くと思います。
今は詳しい事は言えませんが、その時はよろしくお願い致します"

何を見ているのかとマザーは訊ねた。
古い知人からの便りだと彼は答えた。もっともまだ会った事はないがーーと付け加えようとしたが、それは言わずにおいた。
マザーの洞察力ならその一言だけで、それが誰か言い当てられそうな気がしたからだ。


早乙女和也がそのメッセージを送るに当たって、一つ嘘をつかなければならない事に胸を痛めていた事を、彼ーー早乙女卓也は知らなかった。
気を引く為に"オーダーが行く"と書きはしたが、早乙女和也はオーダーしたその商品ーーCBDメイの代金を結局支払う事は無かったからである。


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