FACE TO FACE 第9話


ハイランド・セキュリティ・システムズ。ミチはその名に聞き覚えがなかった。

「無理もねぇ。本社はシンガポールにある。そこを拠点に世界中の企業の保安警備を担当しているようだ」
「でも、それで名前を聞かないというのは・・・」
「保安警備ってのは表向きの顔だ。この会社の真骨頂は企業の機密情報の保管・管理にある。目立っちゃ具合が悪いってなわけよ」
「しかし・・・外部の者に機密情報を託す企業なんてあるでしょうか?・・結構危ない橋を渡る行為のように思えますが・・・」
「その通りだ。自分ちの金庫の鍵を他人に預ける様なもんだからな。実際、そこで面倒見てもらってる会社も数社しかねぇらしい。その内の一つがあろうことに・・・『南原総合警備保障』なんだよ」

ミチは耳を疑った。そしてもう一度データ・パッドの報告書に目を通した。
確かに「『南原総合警備保障』の依頼を受け・・・」とある。
しかも信じられないことに、両社で契約を交わしたのは『今』から160年も昔の事であるという。
ミチは課長の顔を見上げた。

「読んだか? 両方とも結構な老舗だろう?」
「そういう問題じゃありません・・・ちょっと待って下さい・・・つまり、こういう事ですか? 『南原総合警備保障』が、かき集められた早乙女和也に関する情報の一切ををこの『ハイランド・セキュリティ・システムズ』に預けたと? それこそ守秘義務違反になるのではないですか?」
「ところが両社にとってはそうでもねぇらしいんだ。まず『南原総警』だが、見ての通りここは南原グループの元にある会社だ。そして『ハイランド・セキュリティ』はあるはずの無いと言われていた日本海油田を見つけて財を成した極楽院グループを経営母体とする会社・・・肝心なのはここから後だ・・・世間ではあまり知られていねぇが、この極楽院てのは南原の親戚筋に当たるんだ」
「!」
「さて、おめぇはこの繋がりをどう思う?」
「『南原総合警備保障』も我がサイバーダイン社も南原グループの一員・・手近なところに機密情報を置いておくより、気心の知れた遠くの会社に保管や管理させた方が機密漏洩の危険を冒さずに済む・・・つまるところは・・
あくまでも我が社の者から早乙女和也の秘密を遠ざけておく為に・・・ですね?」

あぁ、とうなずく課長。
一体何故ここまで手の込んだ秘密保持を成そうとするのか。ミチは困惑した。

「話を少し戻すぞ。早乙女和也からの発注を受けたのが4日前の就業時間後の19時26分。翌日の朝イチで受注部の奴がそのオーダーを見つけ上層部に伝えて業務調査委員会が会議に招集されたのが11時。そして午後、『ハイランド・セキュリティ』のエージェントが現れたのが15時だ」
「ちょっと待って下さい、シンガポールから来たにしては早過ぎませんか? そもそも何をしに来たんです?」
「目的は早乙女和也の秘密の一つを公開する為だ。早く着いたのにはからくりがある・・・発注を受けた時点でやっこさん達にそれを伝えた奴がいるんだ」
「就業時間後ですよ? 誰です?・・・」
「答えは次のページに書いてあると思うが・・・オーダーはうちのメイン・コンピュータを通ってくるだろ? それにいち早く目を通せる奴は誰だ?」
「・・・マザーが・・・!? でも何故・・・」
「あれもよくわかンねぇ奴だよな。メイン・コンピュータのインターフェイス用CBDという触れ込みだが・・・頭の上にはホログラムの天使の輪っかが載っかっているし、背中の翼も飾りにしてはナノ・マシン製のシェイプ・シフティング・ハーネスなんてご大層な物で出来ている・・・随分な過剰装備だが、一体どういう使い方をするんだろうな?」
「それより何故マザーは彼らに発注の事を知らせたんです? CBDが独断でそんな事するはずがありません。誰かの命令を受けない限り・・・?!」

ミチは課長の言葉を待たずにデータ・パッドの画面をスクロールさせ、そして自分の問いに対する答えを見つけた。
マザーは命令を受けていた。"早乙女和也からのオーダーを受けたら速やかに『ハイランド・セキュリティ・システムズ』に報告せよ"と。
残念ながら命令を与えた人物の名前は報告書から削除されていた。
胸部の冷却システムが熱くなってきたのは息を詰めていたからだけではなかった。ミチはゆるゆると息を吐き出しながら課長に目線を向けた。

「わかっていたんですね・・・マザーに命令したこの人物は・・・早乙女和也からのオーダーを受ける日が来るという事を・・・」
「あぁ・・・ただ、そこにも書かれているがそれが具体的に『いつ』なのかは特定できていなかったらしい。もしかしたら、おめぇが気にしていた早乙女和也に関する事のCBDへの研修項目からの削除とか、サラ達のこっちへの配属とかもこの日の為のお膳立てだったのかも知れねぇ。真相はまだ解らねぇがな・・・」

ミチは再びデータ・パッドの画面を見つめた。もう何が書かれていても驚く気になれなかった。
『ハイランド・セキュリティ・システムズ』のエージェントが携[たずさ]えてきたのは、ある人物からのメッセージ入りのビデオ・ディスクだった。
その人物の名前は報告書にはなく、ただ「K」というイニシャルだけが書かれていた。
メッセージの具体的な内容も明らかにはされず、その人物いわく"自分は早乙女和也の身元保証人である"という概要だけが記載されていた。

「・・・これだけなんですか?」
「そのようだな。無論、委員会の連中は見ているはずだ。ただ妙なんだよな・・・あいつ・・いや、それをリークした奴なんだが、俺がそれに目を通してる時に男か女かぐらい教えろっつったら、ウンザリした顔で"男だ"って言いやがったんだよな・・・」

(・・・人をウンザリさせて、それでいて早乙女和也の身元保証人であると胸を張る人物・・・我が社の上層部に対して自分の名前が通る自信を持っているということか・・・)

もちろんミチにそんな人物を特定できるはずもない。

「けど、それだけに不気味だよな。上の連中が早乙女和也からの発注の件ですったもんだやってる最中に、そいつはこんな物届けるように依頼してたんだろ? 未来にいる俺達がどんな状況下にいるか知ってやがったんだろうな」

それは取りも直さず早乙女和也か、彼と関わりを持つ人物が未来において時間移動の手段が確立している事を知った事に他ならない。
問題はそれを知ったのが『いつ』なのかである。ミチの中で疑念が頭をもたげてくる。
やはり早乙女和也はCBDメイのOSを覗き見てしまったのか。それとも・・・。

「・・・ま、そのメッセージの事を踏まえた上でだ、結局会議は社長のツルの一声でケリが付いたらしい。"たとえ相手が何者であろうと、客の注文に応えるのが我が社のモットーである"とな」
「"そして入金がなければ回収するまでの話だ"・・・ですね?」

ミチが課長の言葉の後を引き受ける。

「いずれにせよ2000年への渡航禁止措置は解除されたわけだし、これからは彼の秘密について調べる事も可能なのですよね・・・もしかしたら彼が我が社のアドレスを知ったのは、『今』から後の時代の誰かから伝えられたのかも知れませんね」

ミチのその言葉を聞いて、課長は眉を曇らせた。

「調査は出来ねぇと思う・・・時空管理局にハネられるだろうからな」
「どういう事です!?」
「俺も今回初めて知ったんだが・・・管理局には『U−ファイル』ってのがあってな。Uってのはアンタッチャブル・・・つまり『触れてはならないもの』と言う意味だ。それには歴史上の事件や有名人の中で探りを入れてはならねぇとされているものを指定してあってな、その中に早乙女和也も含まれているみてぇなんだよ」
「・・・何でそんな事・・・」
「知らねぇってよ俺は。ともかくだ、発送の正式決定が出たのが昨日の10時。その後管理局に渡航申請してから、うちの上の連中と管理局の間ですったもんだがあって、何だかんだで認可がほぼ確定したってんで俺はおめぇらン所へ行った訳よ。・・・聞いてるか?」
「・・・・・聞いています・・・」
「?・・・ところがよ、サラが出て行ってからまた何か問題があったらしくてな、申請受理が遅れるって知らせをさっき聞いた訳よ。んで、おめぇがここに来る10分くらい前か・・・航時の管制室に問い合わせたらやっと認可が下りて、あのアマ跳んでったらしいや。管制員の話じゃアイツ、1時間近く待たされて相当キレていたとよ・・」
「そんなの知ったこっちゃありませんよ!!」

ミチは弾かれたように立ち上がり、声を荒げた。

「お、おい・・」
「渡航禁止措置とかどこかのセキュリティ会社とかU−ファイルとか、誰がそんな手の込んだ事をしろって言ったんです!?」
「何怒ってんだよ」
「訳が分かりませんよ!! 何故そこまでするんです!? そこまでして隠さなきゃならない早乙女和也の秘密って一体何なんです!?」
「ミチ!!」

課長に一喝されてミチは口をつぐんだ。張りつめた空気が二人の間に流れた。

「・・・知りてぇか?」
「・・・まだ何かあるんですか・・・」

課長はふぅと息をつき、コーヒーを一口飲み込んだ。

「実は心当たりがあるんだ・・・報告書には"その可能性"については何も書かれていねぇ。だが俺はそれを読んでいる内にピンと来るものがあってな、試しに我が社のアドレスを向こうの時代に中継機を通して送ってみたんだ・・」

そこまで言うと課長は顔の緊張を解いて忍び笑いを漏らした。

「そしたらよ・・・訳のわからねぇエロサイトに繋がったんだよ」
「・・・は?」

今度はミチの顔が崩れる番だった。

「それを見たとき、ああ、これだったのかと俺は思ったね」

ミチは明らかに動揺していた。

「じゃ・・じゃあじゃあじゃあ、早乙女和也はそのエ・・アダルトサイトに繋ごうとして、何らかのエラーがあって我が社にたどり着いてしまったと・・・?」
「いや、あくまでも可能性の問題だ。それが真相かどうかはわからねぇよ。けど、いかにもありそうな話だろ?」

ミチは椅子にへたり込み、がっくりとうなだれた。

「奴にどんな幻想抱いていたか知らねぇけどよ、男なんてそんなもんだぜ。むしろ俺はそっちの方が胸落ちできたよ。奴の頭にゃプログラム言語だけでなく生身のエロスへの興味もあったんだってな・・・おい、泣いてンのか?」
「・・・やはり無理を言ってでも自分で行きたかった・・・この目でその姿を見て、この耳でその声を聞けば多少なりとも彼の人物像がわかったかも知れないのに・・・」

課長はやれやれと頭を掻いた。

「難儀な奴だよなぁ、おめぇも・・・働く体育会系のお姉さんてコンセプトで造られたはずなのに、学者肌っつうか妙に探求心が強い所がある・・・フィギュア・デザイナーとメンタル・プログラマーの意見の摺り合わせがうまくいかないまま造られたっていう噂は本当だったのかもな・・・」
「それは私の責任では・・・」

ミチは涙声で顔を上げた。

「何もおめぇを責めてる訳じゃねぇよ・・・そうだな、こう考えたらどうだ? 確かに早乙女和也の元に一番乗りを果たしたのはあのサラだ。言ってみりゃアポロ11号のアームストロング船長みてぇなもんだ。そして俺やおめぇはさしずめヒューストンの管制センター要員だろうな。船長の月への第一歩を指をくわえてモニター越しに見る事しか出来なかった選ばれざる者という見方もできるが、歴史の生き証人でもあるわけだ。サラが戻ってくりゃ早乙女和也の姿が拝めるかも知れねぇだろ?」

(そうだ、サラの見た画像データが・・・記録に残っていない早乙女和也の若い頃の姿が見られるかも知れない)

そう思った時、沈みきっていたミチの顔に赤みが戻ってきた。

「本当言うとな、俺も興味津々なわけよ、奴の事は。ただのしゃべる機械じゃなく、人間と遜色のない機能を持った美人のねーちゃん型ロボットを・・まぁ今じゃヤロー型もいるが・・造りたいと思った男はどんな奴かってな・・・しかし考えてみりゃトンデモねー話だよな。おめぇらにナニさせるだけじゃなく、その先の機能まで持たせる事を思いつくなんてよ。残っている写真に写っているのは温厚そうなオヤジだが、相当な変人だと思わねぇか?」
「それを言ったら課長だって・・・見るからに荒くれ者なのに、妙にインテリな所があって・・・」
「おぉ!? じゃ何か? ヒゲは駄目なのかよ? ヒゲでデコの広くなったオヤジはインテリやってちゃ駄目なのかよ!? えぇ、おめぇもオヤジ臭くしてやろうか、この野郎」

課長はそう言うと顔や額の脂をこすった手でミチの体を所構わずベタベタとさわり始めた。

「オラどうだどうだ、テッカテカになるぞ臭くなるぞ」
「やだ課長・・やめて下さいよ、ちょっと・・・」

ミチは抵抗するが、言葉ほど嫌がってはいない。
調子に乗った課長が胸を掴もうとすると、ミチはその手を押しとどめた。

「おい、そこで止めるってか?」
「・・・ちょっと待って下さい・・・」

ミチは耳をすます様な表情をしていた。

「・・・"一番星"が帰ってきたようです」
「あンの野郎、妙なタイミングで戻りやがって・・・まぁいいや、もう上がりの時間だな。バカが不始末やらかして
いねぇか確かめてから帰るとするか」
「はい・・・あ、その前に宣誓させて下さい」
「おぅ、そうだったな。右手をあげろ」

ミチの言った"宣誓"とはCBDの中にある秘密保護プログラムの起動の合図である。ただし、これは早乙女和也によるものではなく彼の研究を引き継いだ者が付け加えたものである。
課長は先にミチの記憶をデリートすると言ったが、サイバドールといえども記憶に欠落が生じる事は好ましいことではない。
指定された情報をブロックする事で、CBDはその記憶を思い出すことは出来ても外部に漏らす事は出来なくなる。
ただ、そのせいでデータ・ストレージへのアクセス速度が遅くなる場合がある。ミチの"ちょっと待って下さい"という口癖はその事と無縁ではない。
課長以外の人間とも、ミチは人に言えない秘密を封印する為の"宣誓"を何度となくしてきた。
人間に仕え、奉仕する。それがサイバドールの本分であることはわかっているが、それでもミチはその事に関して不満に思う時がある。
守秘義務の宣誓が必要なのは、むしろ人間の方ではないのか、と。
ときに金や物で懐柔され、脅迫や暴力に屈し、「ここだけの話」とか「誰にも言わないで」というパスワードを使い人間はいとも簡単に秘密を漏らすではないかとーー。
もちろん、彼女はそんな事はおくびにも出さないのだが。


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