FACE TO FACE 第7話


「・・・詳しくは話せねぇが若い頃、こういう目鼻の付かねぇ仕事を任されてな、ちょっとばかし痛ぇ目にあった事があるんだ。それ以来、素性の知れねぇ仕事が来たら出来る限りウラを取る事にしているのよ」

そう言って課長はポケットからメモリー・スティックを取り出し、自分のデータ・パッドのスロットに差し込んだ。目的の画面を呼び出しミチに見せる。

「・・いいんですか? 私にこんな物見せて・・・」

ミチが気にしているのはその『報告書』に朱書きされている【EYES ONLY】の文字だった。
アイズ・オンリー、すなわち(閲覧のみ、コピー不可)の意味である。
サイバドールはそれ自体が記録媒体であるから、もちろんこの文字が付けられているデータを閲覧することは許されていない。何よりミチは自分がこれを見ることによって、課長の立場が悪くなる事を危惧していた。

「そんなもん建前だ。それを言ったら、それがここにあること事態おかしいだろ? どのみち、おめぇはそいつを『見なかった』事にできるんだし」
「それもそうですが・・・どうやって手に入れたんです?」

『報告書』の内容は早乙女和也からのCBD発注に関する業務調査委員会の議事録だった。

「『蛇の道は蛇』ってことわざ知ってるか? 上層部の中にも周りの連中のやり方に不満を持っている奴がいるって事よ」
「『じゃのみちはへび』・・ちょっと待って下さい・・・」
「おい、いちいち検索すんなよ」
「・・・わかりました、『同類の者はお互いの事情や手段に通じている』と言う意味ですね。・・・でも、この場合使い方が違うと思うんですけど?」
「うるせーよ。ともかくそいつは『上』にいるヘビ野郎がリークしてくれた者なんだよ」
「見返りは要求されなかったんですか?」
「ふふん、それは言えねぇな。でだ、まず一番の疑問はどうして20世紀から発注が来たかってことだよな? 通信記録の所を見ろ・・・そいつはサイバーダインUSAが1996年のアメリカ某所に設置したハイパー・スペース・ネットの非常用無人中継機を経由して来ている・・・あっちは移動の制限があるとはいえ、時空渡航自体は禁止になっていなかったからな」
「そうなると、次の疑問はこの通信が本物かどうかという事ですね」
「そうだ。もし過去の有名人からおめぇ宛に手紙が届いたとする。おめぇはそれに感激して着くあてのない返事を書いたりするか?」
「いいえ、疑います」
「だろ? 『上』の連中が議論の的にしたのも、まずそれだ。頭の悪いハッカーやクラッカー共の仕業とか、ドール・コムやルディ・バイオニクスといったライバル企業の嫌がらせじゃねぇかとかな。しかし、発注にあった早乙女和也の個人データはクラッカー共の悪戯にしちゃ住所とか電話番号が具体的過ぎるし、第一そんなチンピラが過去に行ける訳がねぇ。エイプリル・フールでもないのにライバル企業が安くない金を使ってそんな悪ふざけをするとも思えねぇ。・・・・さて、おめぇは我が社のやっていた西暦2000年前後の時代への渡航禁止措置は何の為にあったと思う?」
「いくつかの可能性はありますが、最も有力なのは早乙女和也が我々と接触するのを避ける為でしょう。彼がCBDの存在を知ればタイム・パラドックスが起こりかねません・・あっ!」

そこまで言ってミチは重大な事に気付いた。

「課長、私たちのした事は・・・」
「歴史の流れに干渉したかも知れない、ってんだろ? けどよ、航時装置が実用化されて以来、俺達はあちこちの時代に干渉してきたじゃねぇか。それで何が変わった? 何も変わっちゃいねぇ。仮に変化があったとしても、俺達にそいつを知覚する事はできねぇ。既に俺らは改変された歴史の中に生きてきた事になるんだからな。だから俺達のしている事は歴史上の必然的な出来事なんだよ」
「しかし、早乙女和也がCBDの存在を知ることは・・・」
「落ち着けよ。確かに奴はMAIDシステムを作った。けど俺達がブツを送った相手はそれがサイバドールって言うロボットに搭載される事をまだ知らない若造だ。奴が自分がこれからする事とCBDをすぐに結びつけられるとは思えねぇ・・・それより俺は渡航禁止措置について違う可能性があるんじゃないかって気がしてるんだ」
「何がです・・・?」
「奴を俺達に会わせない為じゃなく、俺達を奴に会わせない為なんじゃないかとな・・・」


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