FACE TO FACE 第5話
サイバーダイン社営業部カスタマーサービス課。
人気のないガランとした事務室で、課長は自分のデスクに陣取り煙草をくゆらせていた。
煙草と言っても、ニコチンやタールは含まれていない。もっと言えば煙草の葉そのものが含まれていない、味だけの煙草だった。
課長が最後の灰を落として火がフィルターを焦がし始めたとき、ドアが開いてミチが入ってきた。
「どうした?」
「いえ・・・明日の配送状況をチェックしておこうと思って・・・見せてもらえますか?」
課長は煙草の火を消すと、自分のデータ・パッドからメモリー・スティックを抜き取りミチに渡した。
ミチはそれを持ってきたデータ・パッドのスロットに差し込み内容をチェックし始めた。
「・・最近はどうだ、折り紙の方は?」
「まあまあです・・・新作がありますけど、見ますか?」
「おぅ」
ミチは制服のポケットからブルーグレーの紙で折った折り紙を取り出し、課長に手渡した。
「・・・こりゃ何だろうな・・・鯨か?」
「前後逆です・・・鳩なんですけど・・見えませんか?」
「ハトぉ?・・鳩って言や鳩に見えるが・・・前にも言ったけどよ、おめぇは写実的に作ろうとし過ぎるんだよ。それでかえってらしく見えなくなるんだよ。紙一枚で折るんだ。てきとーに作りゃいいんだよ」
「それは前にも聞きました。でもその『適当』の感じが解らないんです・・人間のデザイン感覚にはまだまだ及びませんね」
「おめぇらのプログラムにも織り込まれているはずだぞ、『考えるな、感じるんだ』って言葉が。・・・もっとも、それを実行できてるCBDにはまだお目にかかったことがねぇけどな」
「そうですね・・・精進します。ところで・・・」
ミチは事務室の中を見回した。
「ここに残っているのは課長だけですか?」
「おぅ。人間で残っているのは俺だけだ。それがどうした?」
「・・ちょっといいですか・・・」
ミチは近くのデスクから椅子を引っ張ってきて課長の横に座った。
「・・何故彼女を行かせたんです?」
「あのサラのことか? 別に他意はねぇよ。詰め所に入ったときあいつだけろくに挨拶をしなかったから、コノヤロと思っただけだ」
「本当にそういう個人的理由によるものだけなんですか?」
「何が言いてぇんだ?」
「気になるんです、この度の早乙女和也への発送に関することには不自然な点が多くて・・・そもそもサラ・タイプは渉外担当として導入されたはずです。それが前期と今期合わせて6体のサラ・タイプが配送に廻されてきた・・・別に人手が足りていないわけでもないのに・・・」
「それは人事の連中が決めるこった。俺は知らねぇよ。それともあのサラでない方がよかったってぇのか?」
「できれば私が行きたかったです・・・」
ミチは声のトーンを落とした。声に悔しさがにじむ。
「悪いがおめぇには任せられねぇ。早乙女和也の会えばあれこれ嗅ぎ回らずにはいられねぇだろ?」
「でも、早乙女和也の素性を知る絶好の機会なんですよ!」
ミチは自分の膝を叩いた。二人の間にしばし沈黙が流れる。
やがて課長がふぅと溜息をついた。
「・・・また例の病気が始まったな?」
「課長は何かご存じなのではないですか? 今度の一件についての裏事情を・・・」
「・・・・・おめぇの記憶をデリートするのを前提にするってんなら話してもいいが・・どうだ?」
ミチにためらいはなかった。
「構いません。今の自分を納得させたいんです」
「・・・わかった・・・・」
夕日が山々の稜線の向こうに沈み、夕闇が東の空から迫ってきていた。
サラはもみじ山市にあるアパート、かすみ荘の屋根の上に陣取っていた。
この下にMAIDシステムの開発者となる、若き頃の早乙女和也が住んでいる。
サラは頬杖をつきながら周りに広がる住宅街を眺めていた。
「・・・しっかし、狭っ苦しい街だねぇ。人間が63億もいた頃の地球ってのは、どこもこんな感じなのかねぇ・・・」
そうつぶやきながらサラは仕事の手順をイメージしていた。
現在彼女の体内時計はカウントダウンを始めていた。
その数字がゼロになった時が早乙女和也からのオーダーが完了した時である。サラはそれからきっかり10秒後に玄関のチャイムを鳴らす。
そして商品を渡し受領印をもらえば彼女の仕事は終わる。
後は・・・彼女にとってのメイン・イベント、「らうめん探し」が始まるのだ・・・。