FACE TO FACE 第4話


「ちよっとぉ!! いい加減にしなさいよ!! まだ認可おりないの!?」
「まぁだですっ」

インターコムの向こうからウンザリしたような返事が返り、そこで音声が途切れた。
サラは乱暴にスイッチを切ると、さっきまでCBDランが座っていた椅子にドッカと腰を下ろした。
サラが待機ブースに入ってから、かれこれ50分になる。トビーとランが帰ったのが約15分前。
その間サラは何度も管制室に問い合わせたのだが、返事はいつも同じだった。
ビジネス目的の時間移動の認可に手間が掛かるのは解っている。
課長からゴーサインが出たという事は申請受理がほぼ確定したことを意味していた。
それを考えるとこの待ち時間は尋常ならざるものだった。
届ける品物に問題があるのか。それとも届ける相手に問題があるのか。
しかし今のサラにそんなことを考える余裕などなかった。
仕事のためなら自分の気持ちを殺すことの出来るサラだったが、それも限界に近付きつつあった。

「・・・課長の奴、本当に申請を済ませてたの? あたしが出てからしたんじゃないの?・・・大体おかしいんだよ! あたしは晩飯食っていたんだよ? 他に手の空いている奴は何人もいたじゃないのよ! 何でよりによってあたしに声が掛かるのよ! おかしいじゃないのよ!!」

愚痴を言いながらサラは椅子の脇のテーブルの上を苛立たしげに鍵盤のように叩いた。
そのうちにテーブルに置いた箱の中から声がした。

「・・・すみませ〜ん、何かバタバタとうるさいんですけど、どうしたんですか〜? もう届いたんですか〜?」
「うるさいね!! まだ出発もしていないよ!! いいから寝てな!!」
「・・・はぁ〜い・・・」

箱はそれきり静かになった。
サラはテーブルを叩くのをやめて腕組みをした。

「冗談じゃないよ、全く・・・」

自分と同類とはいえ、客に届けて領収書を切るまでは箱の中身は商品なのだ。商品にあれこれ言われる筋合いはない。
しかし。

「箱の中・・・」

そこまで考えてサラは自己嫌悪に陥った。
気が付いたら暗闇の中。外からは不快な物音と苛立たしげな声が聞こえる。
箱の中のチビスケが不安になるのも無理はない。
サラ自身、『箱』にはあまりいい思い出はなかった。


起動初日。サラは強い衝撃を受けて目を覚ました。
状態チェックのプログラムが全身を駆けめぐり、ジャイロセンサーが体が横倒しになっていることを訴えていた。
どうやら彼女、もしくは彼女たちをどこかへ搬送する途中で作業員がサラの入っている箱をひっくり返してしまったらしい。
動こうにも梱包材が邪魔をして身動きがとれない。発声機能も完全には立ち上がっていない。
外であわてふためく声が聞こえ、やがて顔の前に位置するのぞき窓が開いて作業員が中をのぞき込んだ。差し込む光に目を細めるサラ。

「うわっ、起動しちゃってるよこいつ。やべーよ・・・やあサラ、元気か〜い? 君が今日最初に目覚めたCBDだよ・・・」

間抜けなフォローをしながら作業員は苦笑いを浮かべていた。
サラの『最初』とか『初めて』にまつわるジンクス。
今思えば、あれがケチのつき始めだったのかもしれない・・・。


「サラ! いるか!?」

ドアが開き、だしぬけに名を呼ばれたサラはあわてた。

「ハイッ、ど、どどどうも、あのっ認可は・・・あれ?」

部屋に入ってきた男はメンテナンス課の制服を着ていた。

「どうしたのよリップ、こんな所に・・・」

リップと呼ばれたCBDは息を切らせながらサラの前に来た。

「さっきトビーとランに会ったんだ。そしたらお前さんが2000年に跳ぶっていうから急いで来たのさ」
「アンタも見送りに来たっていうの?」
「渡したいものがあるんだよ。手ェ出しな」

サラはリップと手の平を合わせデータ転送を受けた。さっそくファイルを開いてみる。
甲高く間延びした楽器の音色が聞こえてきた。

「何なのこれ? 」
「チャルメラの音さ。昔の日本には屋台って言うラーメンの移動販売所があってな、その音を鳴らしながら屋台が商売していたそうだ。向こうに行ったら探すんだろ?ラーメン屋。その音を目安にするといい」
「よく見つけたね、こんなの」
「たまたま『懐かしの日本の音風景』っていうサイトに寄ったら、それがあったんでダウンロードしたんだ。お前さんなら興味あるだろうと思ってさ」
「ふ〜ん、たまたまね・・・ありがとう、わざわざこれを渡すために来てくれたの? 悪いね・・・」
「友達だろ? 遠慮すんなよ・・・・・たとえ向こうの世界がラーメンの屋台で埋め尽くされてたとしても、ちゃんと帰ってこいよ」
「何言ってんのさ、バカ」

サラがそこまで言った時、渡航承認のアナウンスがあった。

「あーもー、うざったい! 遅いっちゅうんじゃ!」
「おかげで俺は間に合ったけどな」
「・・・じゃあ行って来るよ・・・あっそうだ、みんなから土産物頼まれてるんだけど、アンタも何か欲しいものある?」
「お前さんが無事に帰ってくれれば、それが一番の土産さ」
「フフッ・・・バーカ」

サラはそう言い残して航時装置のプラットホームに向かおうとした。

「・・・! おい、サラ! 忘れ物!」

リップはテーブルに置いてあった箱をサラに投げてよこそうとした。

「わぁっと、駄目駄目! 大事に扱ってよ・・・お客様に届ける商品なんだから」

サラはリップから箱を受け取った。互いの指先が微かに触れ合う。

「・・・気を付けてな」
「うん・・・それじゃ」

サラは再びプラットホームへ向かった。リップは待機ブースの戸口でそれを見送った。
途中で足を止めたサラは振り向きざまに投げキッスを送った。
リップは二本指でそれを受け止め、自分の唇に寄せる仕草をした。

「おい、カップ麺のスープの味がするぞ」

リップの軽口に微笑むサラ。足を戻すと箱に話しかけた。

「さ、いよいよ行くよ・・・」


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