FACE TO FACE 第3話
サイバーダイン社内・航時施設エリア。
航時装置プラットホームのそばの待機ブースで、サラは落ち着かなげに部屋の中をうろついていた。何度も手の平に拳を打ち付けている。
「まだか〜、まだ認可はおりんのか〜〜」
「落ち着いて下サーイ、サラサン。手の平に蠅がとまったらカワイソウなことになりマース」
「らうめんが〜、らうめんが呼んどるんじゃあ〜〜」
「早乙女さんが、でしょ・・・でも随分時間掛かるよねー」
この時代、航時装置・・・タイムマシンでの移動は、航時装置の実用化以降
の年代に限られていた。
それ以前の年代への時間跳躍は、時空管理局の厳正な審査を受けなければならない。
「タイムトラベル元年」以前への渡航で認められるものの多くは、その時代の自然環境や生活風俗の調査、あるいは歴史的事件の「観測」であった。
ビジネス目的の渡航は以前よりは規制が緩やかになってはいたが、それでも認可を受けるには大変な手間が掛かるため、あまり割のいい仕事ではない。
そんな状態では一個人の身辺調査の為の渡航など望むべくもなかった。
西暦2000年前後への渡航禁止措置はサイバーダイン社の自主規制であったが、早乙女和也の素性が調べられないままなのは、そんな事情もあった。
「それよりサラ、ラーメンに気取られてお土産忘れないでよー」
「そうデース、みんなからのセンベツも渡したんですカラ」
「・・・わかってるわよ、リストのメモはちゃんと持ってるって」
待機ブースの中にはサラの他に金髪碧眼のCBDトビーとソバージュ・ヘアのCBDランがいた。
二人とも2000年に向かうサラの見送りと言う名目で配達員詰め所を抜け出してきたが、本当の目的は土産物の催促であった。
「だけど、持ち帰った物にはチェックが入るからね。没収されることは勘定に入れときな」
「はいはい・・・だけどねー、2000年一番乗りだよ。さすがは”一番星のサラ”だよねー」
それを聞いてサラの眉がピクリと動いた。
「その話はもういいって・・・」
「だってねー、新車のトランスポーターに最初に乗ったとかー」
「ニュー・ベイブリッジを一番に渡ったトカー」
「だからいいって!」
サラが「”初めて”のジンクス」に触れたがらないのには訳があった。
名誉な話より不名誉な話の方がずっと多いのだ。
トランスポーターの件は、彼女がおもしろ半分にマニュアルモードで運転して大破させたというオチがあり、ニュー・ベイブリッジは近道をする為に開通式が行われる前に渡ってしまい、道路管理会社からサイバーダイン社に苦情が入るという顛末があった。
ランはサラに構わず続けた。
「でも一番強烈なのはー、我が社で初めてCBD対人傷害保険の適用を受けたことだよねー」
「ソウソウ、アンビリバボーね、CBDが人に怪我させる、いけないコトネー」
ある客のもとへサラが配達にいった際、彼女は伝票のつづりから受領書をはずすのを忘れてしまった。
その客からの入金がクーリングオフ期間を過ぎてもなかったため、サラは督促に行ったのだが、彼は品物を受け取った覚えなどないとシラを切ろうとした。ばかげた話だが、サラに受け取りを証明する物がないのを理由に金を踏み倒そうと考えたらしい。
だが不幸にも彼はサラがCBDである事に気付いていなかった。彼女の頭には配達した時のやりとりがしっかりと記録されていた。
それをネタにサラが出る所へ出るかと警告すると、逆上した彼はそばにあった護身用の電気警棒で彼女に殴りかかった。
サラは自身に備え付けられたV−リミッター(暴力抑制回路)が作動するギリギリの条件で防衛手段を取った・・・。
「・・・まぁ、あれは被害者にも落ち度があったから、示談ですんだけどねー、ヘタすりゃクビになってたかもねー」
嬉々として話すランにサラはげんなりとしながら言った。
「わかったって、もう・・・それよりアンタら、そろそろ戻った方がいいんじゃないの? あんまり遅いとミチに折り紙にされるよ」
「それはノーサンキューデース。ミーは五体満足でアメリカに帰りたいデース」
「そだね・・・じゃあサラ、気をつけてね。向こうへ行っても生水飲むんじゃないよ」
「知らない人についていっちゃいけませんヨー。縄で縛られてビデオに撮られちゃいマスヨー」
「大きなお世話じゃ!!」
トビーとランが帰ると、またサラは落ち着きなく部屋の中を行ったり来たりした。
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