FACE TO FACE 第2話
サラが早乙女和也のことを知らないと聞いて、課長はあきれた。
「おい、知らねぇってか? 社員研修のときに教えられなかったか?」
「全然・・・」
「居眠りでもしてたんじゃねぇのか? おい、おめぇらの中で早乙女和也について知っているものは?」
部屋の中にはサラ以外に5人のサイバドールがいたが、知っていると答えたのはミチだけだった。
「だらしねぇなぁ。アメリカから出向してきてるトビーはともかく・・・」
「ちょっと待って下さい・・・思い出した、前年度と本年度に配属されたCBDへの研修項目の中で早乙女和也に関するものは削除されています。気にはなっていたのですが、聞きそびれていました」
「それなら古株のミチしか知らねぇわな・・・まぁ、名前ぐらいしか憶えることがないんじゃ教わってもしょうがねぇか・・・」
課長の言葉はある意味正しかった。この時代、この時点において、早乙女和也は謎の多い人物とされていた。
サイバドールの思考や行動を司る基本プログラム、MAIDシステムの開発者としては、つとに知られている。
だが、それだけだった。彼に関するものは専門的な内容の著書が数冊と写真が数点、そして簡単な経歴しか残っていない。
彼の人物像を伝えるもの、プライベートな情報すべてが歴史の闇の彼方にあり、CBD開発史の研究者達の頭を悩ませていた。
中世ならともかく21世紀に名を成した人物としては、これはあまりに不自然だった。一部には意図的に情報が伏せられているのではと推測する者もいたが、いちロボット開発者の素性をそこまでして隠さなければならない理由を突き止める事が出来た者は誰もいなかった。
「それより、その人何を注文したんです?」
そう質問したのはソバージュ・ヘアのCBDランだった。
「あっと・・・これだ」
課長は持っていたデータ・パッドをテーブルに置いて発注明細の画面を出した。CBD達はそれを囲むようにしてのぞき込んだ。
「CBDメイ、1/6サイズ。スタンダード・グレードだ」
「スタンダードって、素の奴?」
同じラン・タイプだが、セミロング・ヘアのCBDが課長に訊ねた。
「素だな」
「素ですか・・・」
「素なの?」
「素、デスネー」
「素? マジィ?」
「・・・素じゃの・・・」
彼らの言う「素」とは「スタンダード」のことだが、「すっぴん」という意味もあった。本体、充電器、衣装一着にその他付属品と必要最小限の物しか
入っていないグレードである。
「何でよりによって素なんだろね・・・」
「リーズナブルだからじゃナイデスカ?」
「だって、もう少し上乗せすればGパッケージが買えるんだよ。かえって不経済だよ」
Gパッケージとはスタンダードの内容に替えの衣装2着と1/6サイズのお掃除セットが加わり、本体のOSも若干強化されたものである。
廉価を理由にスタンダードを買った者は大抵そのままでは物足りなくなり、
前記の追加分を別売りにしたアシスト・パックを購入する場合がほとんどだった。無論それはGパッケージより割高になる。
「向こうがそれを欲しいってんだから、それに応じるしかねぇだろ。だから・・・おい、サラ!聞いてンのか!」
「えっ・・・あ、ハイ・・・」
しかし、サラは実は上の空だった。西暦2000年と聞いて何かが頭に引っかかっているのだが、それがうまく思い浮かばない。
「時空管理局には申請を済ませてある。パッケージ課へ行ってブツを受け取って、申請が受理され次第”ジャンプ台”に上がれ」
「わかりました」
「それと、歴史上の有名人に会ったからって、ジロジロ見るんじゃねぇぞ
・・・いつも通りにやるんだ。わかったな。受領書のハンコも忘れるなよ」
「アイ・アム!」
そう言い残して課長は部屋を後にした。
「かったるいのう・・・」
ボヤくサラのそばに青い髪のサラがやってきた。
「すごいじゃない! 20世紀だよ! 2000年一番乗りだよ! ・・・どしたの、嬉しくないの?」
「何でよ?」
「だって20世紀だよ。あんたの憧れてた、天然素材で出来たラーメンが食べられるかもしれないじゃない」
「・・・天然・・・天然素材のらうめん・・・」
さっきまでの頭の中のモヤモヤがその言葉で一気に形を成した。
「そっ・・・それじゃあ!! それこそが最優先事項じゃあぁ!!」
その様子を見ていたミチはやれやれといった表情で頭を掻いた。
「寄り道はほどほどにね・・・」