ケイさんの電脳地獄車 『ロード・インプレッション』


かすみ荘前の路上、一台の車の前にて。

「サラさん、見て見て〜」
「何これ、ロードスターって奴かい? 何だかくたびれてるクルマだねぇ・・・ちょっと待ってよケイ・・アンタこれ買ったの!?」
「そうよ。どこのディーラーで買ったと思う?」
「・・わざわざそういう言い方するって事は、あたしが知っている所なんだろうね・・・何かイヤ〜な予感がするのう・・」
「あらぁ? 後ろにディーラーのステッカーが貼ってあるわねぇ〜」
「わっざとらしい・・・どれどれ、あ〜読める、読めるよぉ。“南原モータース”ってぇ」
「ね? 意外だった〜?」
「意外も何も、アンタみたいな“不法入国者”にまともなクルマ売るようなツテったら、あそこしかないでしょうが。よくあのバカ殿がオーケーしたもんだね」
「“不法入国者”はお互い様でしょ。現金買いだもの、文句は言わせないわよ」
「・・ははぁ、パチンコで稼いでいたのって、これが目的だったわけ? クルマ買うのが」
「車は目的の一部よ。まだまだ計画は色々あるんだから〜」
「はいはい、そうだろうね・・大学のバイト代じゃ食っていくのがやっとだろうしね・・でも何でこんな中古なのよ? 新車だって面倒見てもらえたはずでしょ?」
「値段のこともあるけど、中古の方がいじり甲斐があるでしょ? この車種ならアフターパーツも豊富にあるから具合の悪い所を直しながら使っていけるわ」
「何かアンタらしくないねぇ・・で、あたしを呼びだしたのはコイツを見せびらかす為?」
「一応オイルやクーラントは交換してもらったんだけど、他の所は買った時のままなのよね。それでサラさんに・・」
「へっ、やなこった」
「・・まだ何も言ってないわよ」
「あたしを同乗させて“2人乗り”の状態でのデータを取りたいんでしょ?不具合をチェックするためにさ。 大体ね、わざわざ2シーターのオープンカーを買うなんて、目的が見え見えなんだよ」
「私が乗った後ならサラさんにも貸してあげるわよ」
「それが気に食わないっちゅーんじゃ! 何でおどれの食い差しをわしがもらわにゃならんのじゃ!?」
「それは和也くん次第よ・・・そう、残念ね・・北海道札幌市の澄川ラー・・」
「よし、乗った」
「・・まだ全部話してないわよ」
「澄川[すみかわ]ラーメンじゃろ? それなら雑誌で読んだことある。評判の逸品じゃ。協力すれば何食おごる?」
「通販で扱っているのは2食1セットだから・・・10セットくらいでどうかしら?」
「20杯分か・・まぁええじゃろ・・いや、ちょっと待て! それはインプレ一回につきって事だろうね?」
「・・・やっぱりいいわ。サラさんにお礼するラーメン代にお金を使うぐらいなら新しいパーツを買った方がマシだもの」
「いやいやいやいや、待て待て待て! わかった、欲を出したら損するのはあたしの方だ・・・じゃあ、次回のインプレから一回につき2セット、って事でいいかい?」
「そうね・・・それなら私も妥当な線だと思えるわ。それじゃ早速、街で走らせてみましょ」
「・・・何かうまく丸め込まれたような気がするのう・・・」


もみじ山市内の路上にて。

「・・・ブレーキングは悪くないね・・パッドの厚みは十分残っているみたいだし・・ただ止まる時のサスの沈み込みが大きい気がするんだよね・・ガス抜けてんのかな?」
「ショック・アブソーバーは一度も交換していないみたいよ。そろそろ寿命って事かしら?」
「そうだね・・ショックはこの際、全交換した方がいいかもね。ついでにドライブシャフト・ブーツやアームのブッシングも、ひからびている様なら換えた方がいいよ」
「頼んでおいて言うのも何だけど、随分メカニックに詳しいのね」
「・・・実はさ、南原のバカ殿、今の車に飽きてきたみたいでさ、新しいのを物色しているのよ。で、あたしも南原モータースに連れてかれて試乗に付き合わされているワケ」
「南原君の今の車って、乗ってからまだ二年くらいしか立っていないはずよね? もう飽きたっていうの?」
「あたしもそう思って、まだ早いんじゃないのって聞いたのよ。そしたら『畳と車は新しいのに限る』ってぬかしやがったのよ!」
「“畳と女房”じゃなかったかしら? その言葉は」
「“女房”とか“女”じゃないだけマシだと思えとまで言いやがったんだよ、あいつは! 人間の女に対してはそれでもいいかも知れないけど、機械相手には失礼じゃないのよ!?」
「・・・・・ムカつくわね・・」
「でしょ!? グダグダ言い合うのが嫌だったから、それ以上は何も言わなかったけどさ、物言わぬ機械だって愛情かけてやらなきゃへそ曲げるってんだよ」
「実際におへそを曲げるかどうかはともかく、十分に持ち味を引き出してあげなきゃ機械も使われ甲斐がないわよね」
「その点、この車の前のオーナーって結構面倒見よかったんじゃないの? 運行記録もちゃんと付けていたみたいだし。定期点検の結果とか、油脂類や消耗部品の交換とかもちゃんと記録残しているよ」
「それがこの車を選んだ理由の一つでもあるのよ。経歴がはっきりしているから。サラさん、くたびれて見えるって言っていたけど、それは塗装や幌が日焼けしていたせいじゃないかしら?」
「そうだね・・・ずっと青空駐車してたんだろうね。駐車場の都合で止むに止まれずだったんだろうけど。そういやアンタ、これどこに置いておくのよ。かすみ荘には駐車場ないでしょ?」
「近所の月極駐車場を確保してあるわ。車庫証明取れなかったら車買えないでしょ?」
「そりゃそうだ・・・ところで運行記録表のついでに車検証もさっきチラッと見せてもらったんだけど・・これの使用者名義になっている『谷 ケイ』って誰なのよ」
「決まっているでしょ? 私の事よ」
「・・・もしかして大家さんの名字借りている?」
「そうよ。世間的には私、かすみちゃんの従姉妹という事になっているから。大学のバイトの時の履歴書にもその名前で提出したわよ。知らなかった?」
「うんにゃ、全然・・・ふ〜ん、谷ケイねぇ・・・それより幌をかけようよ。やっぱ寒いよ」
「オープンカーだもの、これがいいんじゃない」
「よかねぇって」


引き続き、市内の路上。

「・・あのさ、ケイ・・・さっきも聞いたけど何で中古の車にしたのよ? 何事も完璧を期するアンタなら新車の方がよかったんじゃないの?」
「新車だからって完璧とは限らないわ。不良部品による車のリコールなんてしょっちゅうニュースに出てくるでしょ?」
「でもこの車、もう7年落ちだよ。結構走り込んでいるみたいだし、ボディも大分ヤレてきてるんじゃない?」
「それはストラット・タワーバーや補強パーツで何とかなるわ。手を入れるところが色々あるから面白いんじゃない」
「・・何か早乙女とのデートに使うってのは二の次みたいに聞こえるんだけど。車いじりを面白がるなんて、アンタらしくないねぇ」
「そうね・・・確かにデートより、この車を使って時間つぶしをする方に関心が傾いているかもね・・・」
「時間つぶしって・・?」
「・・危ない!」 (キキーッ!!)
「うわっとぉ!!・・・何じゃあんにゃろ!・・おんどりゃ・・」
「『ケータイやりながら俺の車の前を横切るたぁ、いい度胸しとるな! ひかれてぇか、たわけ者がぁ!!』」
「・・・はは・・あいつビビッてたよ・・だけどケイ、今の声、南原の・・」
「“サイバーダイン社製のロボット”ですもの、あれぐらい出来て当然でしょ?」
「そうかぁ? いやいや、あたしはようやらんぞ、あのバカ殿の声マネなんざ・・・」
「ところで今の一件とも関係があるんだけど・・さっきから気になるデータが蓄積されているのよ」
「何よ?」
「かすみ荘の前からこの車を出してから、右左折含めて28回交差点を通過したわ。その間この車の前を横切った歩行者が115人・・」
「今のタコも含めて?」
「ええ。その内こちらに注意を払って横切った人達が36人、無関心のまま横切った人達が55人いたの」
「・・あれ? 勘定合わないじゃん。残りの24人は何なのよ」
「こちらに無関心で尚かつ、こちらとは反対側の方を向いて横切っていたのよ・・分かる? 反対側ってこの車の進行方向よ。そちら側から車が来る確率は0に近いわ」
「つまり、わざとあさっての方向を向いて通ったって事かい?」
「意図的なものとは限らないと思うけど・・しかもその内訳は男性7人に対し、女性が17人もいたのよ。これは何を意味するのかしら?」
「何って言われても・・・まあ、道路を歩くことに対して危機感がないって事だろうね。あるいは無意識のうちに交通ルールに・・無責任でいたい・・と思っているのかも」
「でも歩行者にも注意義務はあるはずよ。それに対して無責任でありたいというのはどういう事?」
「あたしゃ知らないよ。本当にそう思っているかどうか分からないし・・でもそんな奴でも引っかけたらドライバーの前方不注意って事になるから、ムカついても安全第一にしないと手が後ろに回っちゃうよ」
「別に腹は立てていないわ。不可解なだけよ」
「ウソこけ、さっきの怒鳴り声は何なのよ。これオープンカーだから周りに聞こえまくってたよ」
「・・そうね、多少は他の歩行者にもこういうシチュエーションがどういうものか、アピールしたいという気持ちはあったわね」
「気を付けてよぉ・・・あっ、そうか・・初詣で買ったお守りってコレの・・・」
「そうよ。でも御利益があるかどうかはドライバーの腕と責任感次第なのよね。今改めてそう思ったわ」
「でも交通事故はもらっちゃう場合もあるしねぇ。そういえばアンタ、保険には入っているのかい? ただでさえ面倒を避けなきゃならない身の上なんだからさ」
「自賠責はね。任意保険は書類作成中だから」
「ちょっと待て・・それじゃ今この車って・・・止めてよ、降りるから」
「大丈夫よ、私の方から事故を起こすつもりはないから」
「そういう過信が一番危ないのよ!! 大体アンタ、あのお守りどこにしまってあるのよ!?」
「あ・・・忘れてきたわ」
「やっぱり降ろしてよ!」


「今日はご苦労様。後で早速、澄川ラーメンの手配しておくわね」
「当たり前じゃ、何かあったらと思うと生きた心地せんかったわ!」
「事故を起こしたら責任を問われるのは私よ。サラさんがそんなに気にする事ないじゃない」
「あたしらが警察の厄介になる訳にはいかんじゃろが! “こっち”におられんようになるわ!」
「・・・私は何があってもここに残るつもりよ・・・その為の“時間つぶし”ですもの・・人間のふりして生きていく為のね・・・」
「ケイ・・・アンタ、早乙女の事そこまで・・」
「和也くんに対する好意の問題じゃないの。見届けたいのよ、彼がいかにしてMAID理論を構築していくのかを・・・」


戻る 目次