ロチア・ホワイト・ケイ


「さぁさ、皆さん、お待たせ〜」
「お待たせしました〜」

12月24日、クリスマス・イブ。かすみ荘の和也の部屋でいましもクリスマス・パーティーが開かれようとしていた。メイン・ディッシュを持ってマミとメイが台所からあらわれる。

「すごぉ〜い、マミ、それ何?」
「ミリャワカルダロ、レナ。ニクダヨ、ニク」
「豚の骨付き肉をサウナでスモークしたクリスマスハムよ。他にもお菓と、人参やレバーやジャガイモで作ったプディングがあるの」
「妙な取り合わせだな。クリスマスのメイン・ディッシュといえば七面鳥ではないのか?」

と南原。マミは人差し指をチッチッチと振る。

「アメーリカではそうね。これはフィンランド・スタイルのクリスマス・ディナーなの。ムンクさん直伝のレシピで作ったのよ」
「・・ムンクさんて、あのムンクさん?」
「サラちゃん知っているの? オブコース、あのムンクさんよ」
「誰なんですか、ムンクさんて?」
「画家のムンク・・じゃないよね」

いぶかしむ和也とかすみにマミが説明する。

「卓也さんのお友達にお仕えしているCBDのメイドさんなの。フィンランド出身なのよ」
「面妖な名前だな。やっぱりこぉ〜んな顔しているのか?」

そう言って南原は両手で顔を挟んで表情を思いっきり上下に伸ばした。エドワルド・ムンクが描いた『叫び』の中の“叫ぶ人”の様に。

「サイバドール・ムンク。フィンランドにあるサイバーダイン・ユーロのヘルシンキCBD工房で製造されたメイド型のCBDよ。ここで作られたサイバドール達は芸術家にちなんだ名前が付けられる慣[なら]わしになっているの。顔はゲルマン系とアジア系の血を引く、北欧系の標準的な女の子のルックスよ」
「分かっとるわそんな事。言ってみただけだ。第一ンなみっともない顔のロボ女なぞ売り物にならんだろうが」

まじめに説明するケイに南原がまぜっかえす。じれったそうにレナが叫ぶ。

「もう、そんな事どうだっていいじゃない。早くパーティー始めようよ!」
「そうだね・・じゃあ早乙女、音頭とりなよ」
「待て待てぇい! そういう事はこの私が・・」
「じゃあいいわ」
「サラァ〜!!」
「まあまあ・・・じゃ僕でいいかい? そうだな・・どうしようか・・えー、今年も一年無事に・・」
「忘年会の幹事じゃねぇんだぞ。もっと気の利いた挨拶できんのか?」
「茶々入れないでよ南原君!」
「やっぱり変かな・・・うーん・・・そうだ、みんなコップ置いて、手を組んで。お祈りするんだ」
「お祈りィ? 仏教系の幼稚園のクリスマス会じゃあるまいし・・うごぉっ!」

南原の両隣に座っているサラとマミが同時にひじ鉄を入れていた。苦しげに両脇を押さえる南原。

「だ、大丈夫かい? 南原・・」
「わ、私にかまわず続けろぉ・・すぐに追いつく・・くぅうっ・・・」
「“ひとり八甲田山”かしら〜? 南原君〜?」
「和也クン、バカはいいからやろうよ」
「そ、そう?・・・じゃ・・・僕らは敬虔な信者ではないかも知れませんが、ここにいるみんなが今年一年無
事に過ごせたことを感謝いたします。世の中にはつらく悲しいことも少なからず起きていますが、どうか僕達が、そしてより多くの人々がよき未来にたどり着けるよう、希望の光を灯して下さい。道なき道が続こうとも僕達はその光を目指します・・・・・どうかな?」
「“どうかあなたのご加護を エイメン”」とマミ。
「そそ、そうだ、エイメン」
「エイメン」と一同。
「端折ったな〜早乙女〜?」
「いいじゃない、そんなの。格好良かったよ和也クン」
「素敵でした、和也さん」
「本当、あたしゃ泣けてきたよ早乙女・・・」
「文法的におかしくなかったか〜? 添削してやれケイ」
「確かに抽象的な表現は多々あるけど、でも言葉は文字の羅列じゃなくてパッションなのよね」
「ケイ、その言い方、らしくないよ」
「ラシクナイ、ラシクナイ」
「パッションて言うほどのものじゃ・・・ただ、僕らのことや世の中のことを考えて祈りの言葉を思い浮かべようとしたら・・自然とあんな言葉が紡[つむ]ぎ出されてきたんだ」
「それがワード・オブ・スプライツ、“言霊”というものよ、和也ちゃん」

照れくさそうにする和也。気を取り直してコップを手にする。

「・・それじゃ乾杯しようか」


一時間も経つと座も砕けてきた。酔いの回ったサラがくだを巻いている。

「・・だからさぁ、あたしゃ情けないわけよぉ。だってそうでしょ? 23世紀のスーパーテクノロジーの塊であるあたしらが何で21世紀の下等な遊戯機械に振り回されなけりゃならないのよぉ」
「そんなに嫌ならやめればいいじゃないのよ、パチンコもパチスロも」
「そういう問題じゃないのよ、かすみぃ・・あたしゃケイに引き込まれただけなの。それにね、パチスロはまだいいんだよ。あれは“目押し”が出来るから。あたしらの動体視力と反射速度を持ってすればいくらでも稼げるんだからぁ。でももっと出したいのをグッとこらえないと、店に目を付けられちゃうんだよぉ」
「サラさん、頼みもしないのに私のお目付役をやっているのよ。放っておくといつまでも出しているって」
「そうじゃないのよ! どうせアンタ稼ぐのだけが目的じゃないんでしょ? 球を一発一発ロック・オンしながら射出速度がどれくらいなら釘に当たったときにどの方向へはねて行くとか、そういう事計算しながらやっているんでしょ? CPUをフル稼働させられるのを楽しんでるんでしょぉぉぉ? ええ? そうだろ、このロボコップ女!」
「私に自動照準機能なんか付いていないわよ・・似たようなことは出来るけど」

「・・・なんでクリスマス・パーティーでパチンコ談義を咲かせるかなぁ。まったくつまらん事憶えよって」
「ギャンブルはどうかと思うけど、でも自分の楽しみを見つけられるというのはCBDにとってもいいことだと思うよ」
「そうかぁ? しかしサラはともかく、ケイは気を付けた方がいいと思うぞ。あいつの事だ、そのうちパチンコ屋に忍び込んで、自作の裏ロムを台に仕込んだりするかもしれんぞ」
「うわ・・それはまずいよ・・今度注意しとかなきゃ・・」
「お、噂をすれば何とやらだ」
「ハァ〜イ、和也くん。ちゃんと飲んでる? ホット・ワイン持ってきたけど」
「いや、僕はもういいです・・」
「早乙女がいらんのなら俺がもらおう」
「残念ね〜これ一回、私が口つけているのよね〜。間接キス失敗〜」
「おい! すすめといて自分で飲むってか!」

南原にかまわずケイは和也の横に座った。

「ねぇ和也くん、今夜の私、ロチア・ホワイトなの」
「え?」
「今夜、私、ロチア・ホワイト。分かる?」

ケイにしてみれば『戦場のメリークリスマス』のビートたけしの物真似をしているつもりなのだが、残念ながら和也はその映画の題名は知っていても、映画そのものは見たことがなかった。

「何だぁ? そのロチア・ホワイトというのは?」
「東欧のサンタクロースよ」
「え? サンタって・・」
「赤い服を着たおじいさん、よね。普通みんなが連想するのは。でもロチア・ホワイトは女の子のサンタクロースなの。まあ、サンタそのものというよりクリスマスの聖者といった方が正しいかもね」
「昔からいるんですか?」
「そうよ。ロチア以外にもヨーロッパには色々なサンタがいるわ。イタリアのベファーナにロシアのマロース・・ドイツのクリスト・キントは美青年のサンタクロースなのよ」
「びっ、美青年!?」

そう言って色めき立つかすみだが、和也を見てバツが悪そうな顔になる。

「まあ、赤い服のサンタはコマーシャリズムと密接に結びついとるからな。突出した存在になるのも無理ないわ。そのマイナーなサンタ共はどこのプロダクションとも契約しとらんのだろ?」
「南原・・・そういう問題じゃないと思うよ・・」
「あらあら、みんなそろそろダレてきたかしらね? じゃここいらでプレゼント交換のビンゴ大会を開きたいと思いまーす! ナーニが当たってもにらめっこナーシよ! それじゃメイちゃん、カードを・・」
「マミさん、ほら・・(ヒソヒソ)」
「・・あら? あらら?・・・と思ったのですが、予算の都合でビンゴの道具が用意できなかったので、アミダくじに変更いたしまーす!」
「何それ、ダッサーイ」
「ハナシガチガウジャネェカ、セキニンシャデテコーイ!」
「よもやビンゴのレンタル料を食材費に充てたのではあるまいな?」
「シャ〜ルァップ! 無ければ無いで何とかする、欲しがりませんカツまではの精神よ〜」
「それってこういう場合に使う言葉じゃないと思うんですけど〜?」
「・・ていうかマミ姉、今“勝つ”っての、違う意味で言ったでしょお?」
「まあまあ、ほら、紙を用意しましたから皆さん、自分の名前を書き込んでくださーい」

不平を言いながらも一同はアミダの表に群がった。和也もその輪の中に入った。

(あれ? そういえばケイさん、何であんな事言いだしたんだろう? 自分がロチア・ホワイトだって・・・)



明けて25日、午前3時。和也の部屋は静けさを取り戻していた。マミとサラはかすみの家に、南原は和也のベッドに泊まっていた。和也はベッドの横で毛布にくるまって寝ていた。
と――押し入れの戸が音もなく開いて中からケイが下りてきた。エレベーターを静音モードにして上がってきたらしい。彼女は白いネグリジェに身を包んでいた。

「・・んっん〜・・・もっとソースを・・」

寝言を言う南原の枕元に忍び寄ったケイは何かの液体が入った瓶を彼の鼻に近づけた。鼻をフガフガさせた南原は更に深い眠りに落ちていった。
ケイは瓶に蓋をすると今度は和也の横に座った。

「和也くん・・今夜の私はロチア・ホワイトよ・・あなたにプレゼントをするわ・・・」

そう言って彼女は和也の顔の上にかがみ込んだ。彼の顔まであと数センチという所で彼女は右手の人差し指と中指をそろえて和也の唇の上にそっと置き、その上からキスをした。

「フフッ・・以前の私だったら、こんな回りくどい事しなかったでしょうね・・でも・・あなたを私のものに出来ないというもどかしさが私を突き動かすの・・・こんな気持ち、自分でもうまく分析できないんだけど・・・」

ケイは身を起こすと和也の寝顔をしばらく見つめ、頬から顎へそっと指を滑らせた。

「・・今年も一年、色々あったわね・・これからも悩んだり苦しんだり、障害にぶつかる事があるでしょうけど、それでもあなたは迷わず前に進んでちょうだい・・そうしてくれなかったら、私達出会えないでしょう?・・・」

ケイの指が和也の唇をなでた。彼のまぶたがわずかに動くとケイはかすかに微笑んだ。

「ううん、出会うのは決まっているのよね・・でも答えを知ったからといって、問題を解くことをやめていい事にはならないわよ・・・」

ケイは持ってきた小さな包みを和也の頭の側に置くと、再び指越しにキスをした。

「良いクリスマスの夜を・・・愛しの和也くん・・・」



翌朝、目を覚ました和也はラッピングされた包みが枕元にあるのに気付いた。添えてあるカードには「メリークリスマス 和也くん 元気のない時はこれで楽しんでね  ロチア・ホワイトより」と書かれてあった。

(ケイさんからだ・・・自分がロチア・ホワイトってこういう事だったのか・・でもこれって・・?)

和也はベッドの上を見た。南原はまだだらしなく眠りこけている。和也は再び包みに目を落とした。
そのサイズと重さに憶えのある彼は包みを開いた。予想したとおり、中身はDVDソフトだった。
パッケージのあられもない姿の“看護婦”の横にこんなタイトル文字が踊っていた。

 『急患! ミニスカナース』

(ケイさん・・・・“楽しめ”って一体・・・)


終わり


あとがき



ううっ・・・クリスマスに間に合わせたかった・・・。


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